異質の者を、排除しようとすること。何がそうさせるのか?
集団幻想。
同質の者など、いやしないのに、「こいつは異質だ」とあたかも「集団」が異質を決めつける。その集団をつくっているのも、小さな頭をもった「個」にすぎないのに。
ひとりで、頭の中でつくっているだけなのに。
それを集団化=常識化して、「ここに入らない奴はおかしい」とする。
化かされたタヌキ。自分で自分を化かし、その中でのうのうと、ふんぞりかえって歩いている。
私はキツネだ。道でお前と逢着したら、化かし合うことになる。
ただ私はお前のように集団を盾にしない。それをよすがに、自分を立たせることができない。
羨ましくも思うよ、「集団」を背もたれに、「常識」を振り飾して、それだけで胸を張って歩けるお前を。
集団は、宗教みたいだね。あってないようなものを崇め、たてまつる…
こちらは、あまりそういうものを信じられないとする者だ。
それをつくっている「個」に、その「個」をつくる何ものかに、目が向く者だ。
タヌキよ、お前はお前として生きるがいいよ。私も、私だから。
そしてお前の「自分」と私の「自分」、それもお互い、幻想のようなものだということを、できることなら知ってほしいよ。
お前の信ずるものも、私の疑うものも、おなじまぼろしのようなものであることを。
また道で出逢ったら── 楽しく、化かし合おうじゃないか。