恐怖

便利なものだったらしいね。

うん、何でも、それがあれば手に入り、みんなそれを沢山欲しがったらしい。

何だったのかね、それは。

お金というものだ。それがなければ生きていけなかったとか言われているよ。

ほええ。恐ろしいものだね。兵器みたいなものだねえ。それがなければ、緩やかに殺されていくってわけか。

人間が発明したらしい。でも、ほんとに便利で、ただ使い方を間違えたらしいよ。

ほう。

目的を得るための媒介だったお金が、いつのまにかお金を得る、それ自体が目的になってしまったらしい。せっかく発明されたお金が、悲しんでいたよ。「ぼくはそんなことのために生まれたわけじゃない」って。

ほんとに人間って、便利なものをつくったと思えばひどくそれを害悪なものにもするからなあ。

バカとハサミは使いよう、ってね。そんな言葉を生み出した人間が、バカになっちゃったのかねえ。

ラクな方へ行くんだよね。ほんとに便利だったらしいもん、お金って。

何でも手に入る、か。恐ろしいことだ…

でも、自由だけは、手に入らなかったらしい。

そりゃそうだろう。

あと、幸せとかも。

そりゃそうだろう、だって自由も幸せも、自分でつくるものだからねえ。つくられるものじゃない。与えられるものじゃない。それに、目に見えるものじゃない。

有限のものに捕らわれた心は、もう窒息するしかないのかね。

惜しいよな。せっかくの自由な心、自由であるがゆえに、不自由を求める…

それも個人の自由なのだがね。

漱石が「猫」の中で云わせた、「そのうち人間はみんな自殺するようになるよ」はほんとうかもしれないね。

恐ろしいことだね…