一つ書いたら、また一つ、壁がおっ立って、こいつを跳び越えよう、横をすり抜けよう、穴を掘って下から脱け出よう、等々、等々、ともかく、くぐり抜けようとして、そんな所作をくり返し……
頭ん中に、ぬりかべがおっ立って、一反木綿がひらひら宙を舞い… ページをめくる… 放り出す、頭ん中の部屋の中。自作自演の紙芝居。
フッ! 吐息の一つでばたばた倒れ! またおっ立てる… 紙に描いた情景、昔話、一枚一枚… 誰もいない、観客は俺ひとり、貸し切りだ、∞《無限》 収容の大ホール。ちょっとした城だ…
通路に左右、重層な扉… [関係者以外立ち入り禁止]! いや、ここ、俺は関係者ではなかったか? 関係者どころか、このホール、城の所有者、城主だったはず…
センサーが効いてる、どっかで… プレデターみたいな目が俺をオート・ロックしてるんだ… 開かない!
ここは二階の観客席へ行く扉。いくつもある、C席、D席、E席への… どれも開かない、俺が手を触れるとガチャリ! 音がする、自動的に、鍵がガチャリ!
扉の向こうじゃ、歓声が上がってる… 誰の演奏だ? クラシック? 螺旋階段を上がる…
ここは三階席の扉、 左右にまた重厚そうな扉。おんなじだ、俺が触れるとオートでロック… ガチャガチャ!… びくともしない… 中からまた歓声が! 俺も舞台を観たい、中では一体何が?
四階へ… 螺旋階段… こんな大きかったっけ? 天空へでも行くような… 五階、六階… どんどん暗くなってく… [非常口]の誘導灯が見える… ここはどこだ、迷子んなっちまった、通路には相変わらず左右に扉。なぜ左右に? どういう構造?
拒否されてることだけが確かに解る、この建物、全体から! ここは俺のいる場所じゃない… 逃げよう、とんずらしよう、こんなとこにいちゃ、お先真っ暗だ… すでにかなり暗い…
逃げるって、どこに? ここがどこかも解らないのに。非常口の緑の灯り、あれを頼りに…
やっ、ここじゃないか、今いる所! ここが非常口、あの白抜きの、駆け足のヒトの緑の灯り! ここがそうだった、ここが! この通路が、この上って来た螺旋階段が!
俺はずっとここにいたんだ… ところで、ここはどこなんだ、頭ん中? それとも外?
どっちにしても、もう戻れん… 崖っぷちだ… 建物の中なのに崖っぷちだ。暗すぎる! 非常階段も、もう見えん… おっ! 背中を押すのは誰だ、「行け、行け」とでも言うように…
「時間です」声がする、後ろから… 場内アナウンスみたいに響いてくる。
時間? みんな、閉じ込められてんのか… いや、俺一人のはずだが。おや! 扉が開きそうだ… ざわざわしてる、舞台が終わったんだ、ステージが! みんな出てくる… 何を観ていたんだろう、満足気だ。みんな、着飾って… 華やかだ、ピンクのドレスを着た女、蝶ネクタイにタキシードの男もいる!
彼らは何を観ていたんだろう? あれっ! みんな俺を透り抜けて行く… 俺が見えないのかな。ここに、おっ立ってるのに。何物もないように…
みんながいること、俺には解ってる… だのに、彼らは俺に気づきもしない… 透り抜けて行く、透り抜けて行く!
彼らは何を見てんだろう、今、彼らと俺、この同じ時間と場所にいるはずなんだが。それは、それだけが確かなはずなんだが?