(22)ふたり

 むかし、埼玉の、あるひなびた鉱泉旅館に行った。
 その旅館への道を歩いていた時、時、前方から、背広姿の男性と、女性が、手をつないで歩いてきた。

 ぼくがハッとしたのは、その背広男性の、嬉しそうな、ホントウに嬉しそうな笑顔だった。

 彼らが何歳くらいだったかなんて、知らないし、どうでもいい。
 ホントウに、彼女と一緒に歩けて、嬉しい。それだけ、というような、まったく、無垢、といった、そうとしか形容のできないような笑顔だった。

 今もぼくには忘れられない。喜びに満ちた、あの笑顔…
 女性の方も、恥ずかしがってるようにも見えたけど、素敵な笑顔だったような気がする。

 で、そういう笑顔に出会うと、ぼくも他愛もなく幸せなような気分になる。
 ぬくぬくした気持ちになって、微笑んでしまう。
 もう5年くらい前の、「すれ違ったカップル」だったけど、今も、あの男性の笑顔を思い出すと、やはり微笑まざるをえない。

「このひとと、一緒にいられて、幸せ!」
 これ、基本のような気がする。