(13)福と家人の関係 – b

 福の、家人への奇妙な執心。
 そこから表れる、おかしな行動。

 彼女がトイレに入ると、福が「あっ♪」というふうにトトトトと小走りして行く。
 トイレは、玄関から小廊下を左に曲がったところにあった。
 その曲がり角のところで、福はじっと身構えるのだ。

 そして彼女がドアを開け、出てきた瞬間、バッ!とジャンプして、彼女の太腿に飛びつくのだった。
 爪が太腿に突き刺さる。「キャアーッ」と女の悲鳴が家中にこだまする…

 以来、家人は夏でも厚いジーパンをはき、トイレに行くようになった。
 だが、爪はその生地をも貫通し、彼女の太腿をしたたかに傷つけ続けた。

 で、彼女も対策を講じた。
 つまり、トイレから出る際、まずドアを細めに、そーっと開け、福の所在を確認してから出て行こうとしたのだ。

 だが、福はいつも必ずその曲がり角にお座りをして、我慢強く待ち続けていた。
 ドアが小さく開くと、福も曲がり角から首を伸ばし、まさに「のぞき見」している恰好になる。

「やだぁ」と言いながら、彼女はドアを閉める。
 間をおいて、またソロソロとドアを開ける──
 しかし福は、じっと待ち続けていた。

 そしてこの反復運動は、彼女の意に反して、福の大好きな「いないいない・ばあ」遊びの形になってしまっていたのだった。

 福は本当に我慢強く、まじめな顔で、一心不乱に、トイレから出てくる彼女を待っていた。
 そのお座りをした後ろ姿からは、オーラさえ感じられた。私はそんな福の生真面目な態度が大好きだった。
 
 このトイレをめぐる攻防は、しかしあっけない結末を迎える。
「ドアを思いっ切り勢いよく開けて、福をビビらせてやる」と彼女は言った。
 宣言通り、彼女はそれを実行した。

 私は、福がケガをしないか心配だったが、そこは猫の俊敏さ、暴力的に開けられるドアに顔がぶつかるようなこともなかった。

 だが、「福、絶対何かやり返してくる。福の顔にそう書いてある」と、福をにらめつけながら、彼女は言った。

 確かに、いきなり開くドアに福は驚き、飛び退いて、キッチンの方へ行ったりして、その時は彼女との距離を置く。
 だが、その目は彼女をじっと見つめ続け、何やら真剣に考えている顔つきだったのだ。