福の、家人への奇妙な執心。
そこから表れる、おかしな行動。
彼女がトイレに入ると、福が「あっ♪」というふうにトトトトと小走りして行く。
トイレは、玄関から小廊下を左に曲がったところにあった。
その曲がり角のところで、福はじっと身構えるのだ。
そして彼女がドアを開け、出てきた瞬間、バッ!とジャンプして、彼女の太腿に飛びつくのだった。
爪が太腿に突き刺さる。「キャアーッ」と女の悲鳴が家中にこだまする…
以来、家人は夏でも厚いジーパンをはき、トイレに行くようになった。
だが、爪はその生地をも貫通し、彼女の太腿をしたたかに傷つけ続けた。
で、彼女も対策を講じた。
つまり、トイレから出る際、まずドアを細めに、そーっと開け、福の所在を確認してから出て行こうとしたのだ。
だが、福はいつも必ずその曲がり角にお座りをして、我慢強く待ち続けていた。
ドアが小さく開くと、福も曲がり角から首を伸ばし、まさに「のぞき見」している恰好になる。
「やだぁ」と言いながら、彼女はドアを閉める。
間をおいて、またソロソロとドアを開ける──
しかし福は、じっと待ち続けていた。
そしてこの反復運動は、彼女の意に反して、福の大好きな「いないいない・ばあ」遊びの形になってしまっていたのだった。
福は本当に我慢強く、まじめな顔で、一心不乱に、トイレから出てくる彼女を待っていた。
そのお座りをした後ろ姿からは、オーラさえ感じられた。私はそんな福の生真面目な態度が大好きだった。
このトイレをめぐる攻防は、しかしあっけない結末を迎える。
「ドアを思いっ切り勢いよく開けて、福をビビらせてやる」と彼女は言った。
宣言通り、彼女はそれを実行した。
私は、福がケガをしないか心配だったが、そこは猫の俊敏さ、暴力的に開けられるドアに顔がぶつかるようなこともなかった。
だが、「福、絶対何かやり返してくる。福の顔にそう書いてある」と、福をにらめつけながら、彼女は言った。
確かに、いきなり開くドアに福は驚き、飛び退いて、キッチンの方へ行ったりして、その時は彼女との距離を置く。
だが、その目は彼女をじっと見つめ続け、何やら真剣に考えている顔つきだったのだ。