その後福は、家人への一方的な攻撃をしなくなった。
妙に、落ち着いてしまった。
そして、食べる、寝る、食べる、寝る、を繰り返し、ほかに特にやるべきこともなさそうだった。
あれほど好きだったタコ糸にも飛びつかなくなり、きらきらボールも追いかけなくなった。
福は、おとなになったのだ、という気がした。淋しい気がした。
顔つきも、中年のそれのようだったし、どことなく「オヤジ」という感じがした。
冬は炬燵の中で股をおっぴろげ、寝ていた。
夏はキャットタワーの上部についている小屋の中や、フローリングの床の上にころころして、やはり寝てばかりいた。
帰って来ても、「おかえり」と迎えに来ることも減った。
福は、家の中にただ「いるだけ」のようになっていた。
「ダメ猫になっちゃうよ」との家人の忠告もモノともせず、福はマイペースで歳をとっていった。
人間の膝には、けっして乗ってこなかった。だが、ある冬の寒い夜、突然家人の布団に来るようになった。
だが、布団の中に入るのではなく、掛け布団の上に乗って、そこでまるまって眠るのだった。
彼女は、「重い重い」と悲鳴をあげ、布団の中で身体を揺すり、福をやんわり落とし続けた。
あきらめた福は、私の布団の上にやって来た。
私は「おいでおいで」と両足を広げた。
掛け布団越しに、福が私の四股の間にまるまると、その重みでまわりの掛け布団が沈み、福の身体は布団に包まれる形になる。
これはいかにも暖かそうで、福も私も気に入った。
だが、寝返りが打てない不自由さに、結局私も、福をやんわり落とす結果になってしまった。
毎晩鳴いて、安眠は妨がれ続けたが、助けられた時が一度だけある。
私が目覚まし時計を無意識に止めて、すっかり寝入っていた朝だった。
バンバンバンバン、ものすごい勢いで肩のあたりを叩かれたのだ。
目を開けると、目の前に福の大きな顔が、ドアップで迫っていた。
「なんでいるの? なんでいるの?」とでもいうふうに、福は真剣な表情で私をじっと見つめていた。
おかげで私は遅刻せず、出勤時間に間に合った──