(13)知人の愛

 あいかわらず、彼は書き続けている。
 わたしは居間で、わたしのパソコンで投稿小説サイトに投稿を続け、彼は彼の部屋にこもって、パソコンに向かってブログに投稿を続けている。

 わたしたちは、面と向かうこともない。寝室も別々だし、食事を摂る時間も別々だ。
 そして話すべきこともない。寒いね、ああ、寒いね。二秒で終わる。

 わたしたちは、家庭内別居しているのだろうか。同居しているのに、別居とは?

 性欲、独占欲、共有時間欲にまみれた時期が、ひとつ、去ったようだ。
 もう、わたしたちはあの頃へ戻れない。惰性、惰性、鈍行列車の、くたびれた車両。

 知人曰く、「ハムスターでも飼うといいのに」
「うちもさ、それまでふたりで、ぼーっとテレビばっか見てさ、何も会話もなかったんだけど、ハムスター飼い始めたら会話も始まってね」

「ジャンガリアンって、こんなちっちゃいの。カゴからたまに出すんだけど、ちっちゃいからさ、探したりして大変だよ。でも、可愛いし、いいかすがい・・・・になるよ」

 うーん。

「おたがい、いるだけでいい、って関係になっちゃってるみたいなのよね」
 わたしが答える、
「元気でいてくれたらいい、生きていてくれればいい、って。最低限のところで、一緒に暮らしてるみたいなのよ、わたしたち」

「あ、それもいいんじゃない?」
 知人は笑う、
「みんな、そんなもんじゃない? いつまでもアツアツで、ホットだったら、それも大変じゃないか。サメサメでもなく、おたがいにおたがいを気にしてるんなら、いいんじゃない? 気にもしなくなったらヤバイけど」

「わたしたち、ほんとに違うから、ハムスターの接し方でも、気まずくなるような気がするのよ」
 わたしは泣き言をいう、
「新聞紙をちぎって入れる量とか、些細なことで、違いが浮き彫りになって。これ以上、違いを知りたくない」

 知人は陽気だ。
 わたしなど、なぜ今この知人と喋っているのか、どうしたら彼の気を悪くさせないか・快い時間をこの知人と過ごせるか、言葉を選び選び、喋る自分に耐え・喋られる自分に耐え、汗みどろになって接しているのだが。

「小鳥もいい。文鳥なんか、可愛いよ。手に乗って、肩に乗って、一緒に外に行っても、逃げてなんかいかなかったよ、うちの。もう、立派な家族の一員だよ。ペットを飼えばいいんだよ、こどもがいないんだから」

 知人は、まるでわたしの泣き言に耳を貸さない。一方的に、ひとりで喋っている。

「じゃあ、そろそろ…」わたしは電話を切ろうとする。

「うん、あ、ごめんね」
 彼が言う、
「あの、生きててね。いなくなったら、淋しいから」
 びっくりした。
 なんでこんなことを言う? いきなり。

「ありがとう」
 わたしは、心底から笑えた。

 彼は本気で言っていた。嘘かどうかなんて、すぐわかる。

 もしかして、彼は、わたしと同じか── それ以上に、一生懸命、気を遣って喋っていたのかもしれない。
 緊張に、気持ちを張りめぐらして。とんでもない汗をかいて。

 もしかしたら、一緒に暮らしているあの人も、わたしと同じ、ふるえる心で…