彼は、自分勝手な男だった。
彼女も、自分勝手な女だった。
彼は今日、定刻通りに職場から帰宅し、「これから花火があがる」と言った。
近くの山で、花火が。ふたりの住む家の二階から、その花火はよく見えるのだ。
彼女は、「あ、そうなんだ」と言って、焼いていた餃子を蒸す段階に入った。
チャーハンも作り、わかめスープも暖めた。
「二階に行ってるね」と彼は言った。
彼女は、うん、と応えた。
できあがった料理を、テーブルに置く。だが、彼はずっと降りてこない。
「できたよー」
階段下から、彼女は彼を呼んだ。
「はーい」と声がした。
待ったが、降りて来る気配がない。何してんだ、まったく… 彼女はひとり不平を言った。
業を煮やし、彼女は二階に上がった。
真っ暗だった。
「何してんの、冷めちゃうよ」
いらいらしながら、言った。
彼は、窓辺に立って、花火のあがる方向を見ている。
「うん… 年に、一回だからさ」
彼女は、しょんぼりしながら階段を下りた。
湯気のたったスープ、餃子が冷めていく。
構うものか、構うものか。自分の部屋のフスマを閉め、閉じこもった。
泣きそうだった。
ドン、ドン、と花火のあがる音がする。
彼が階段から降りてきて、「いただきまーす」とフスマに声をかけた。
「はーい」と彼女は声で応えた。
もう、冷め切っているだろう。私が悪いのだ。
花火のことなんかより、自分の料理に夢中になった、私が悪いのだ。
彼は彼で、せっかく彼女が、自分の帰宅時間に合わせて作ってくれた料理より、花火を見たい自分を優先させたことに、重い責任を感じていた。
そして時間が、もし戻ったとしても、彼女は自分が料理に熱中していただろうことを想った。
彼は彼で、もし時間が戻っても、花火を見たい自分を抑え切れなかっただろうと想う。
彼は、ひとり食べ終えた食器を洗った。
彼女は、引きこもったままである。
夜になり、「おやすみ」と言い、彼は彼の寝室への階段を上っていく。
「餃子、美味しかった」を付け加えて。
彼女も、自然そうに「おやすみ」を言った。
フスマ越しの、声だけのやりとり。
彼らには、「ごめんなさい」「いいよいいよ」の会話もなかった。
これからも、この身勝手な自分自身とつきあい、ふたりで生活をして行くだろうことを知っていたから。