このようなことを書き、更新すると、わたしの手元のスマホが鳴った。
わたしの貴重な読者、Kからだった。
彼は、切羽詰まった声で訴えはじめた、
「もしもし、(4)を読んだけどさ、これはムリだよ。うちの場合は、」とくぐもった声で言う。
「もう何年もレスだよ。切実な問題だよ。何年もしていない。
これからもないだろう。この苦しさ、わかるか。
夫婦なのにさ。一緒に、一つ屋根の下に暮らす、男と女なのにさ。
といって、浮気もできない。
そんな、風俗にも行けない。彼女に悪いと思うからさ。
ぼくはもう、後にも先にも、そういう関係を彼女と結べないし、女性と性的に交われないのだ。
このやるせなさ、苦しさ、きみにわかるか?
ぼくだって、なんでこんな面倒な情欲を抱くのか分からないよ。
理性で対処なんかできないよ。
きみの言いたいことは分かるけど、現実的じゃないよ。
ぼくは、未来永劫、女性とそういう関係を結べない。
活力、ぼくの生命的な活力は、永遠に閉じ込められたままなんだ。
空気孔のない暗い部屋に閉じ込められて、窒息しそうだよ。
これからも、ずっとずっとなんだよ。
きみが考えているほど、性は軽くない。
ぼくの妻は、大切な人生の伴侶だ。
これ以上望むべくもないパートナーが(まったく、性のこと以外は完璧なんだ)この性のたった一点のために、ぼくは失ってしまうそうなんだ。
それはきみの書いている通りだよ。
でもそれは、この窮状の真っ最中にいる人間、少なくともぼくには、机上の空論だよ。
冷たい、血の通わない、むなしい論文に見えるよ」
── 彼は、一気にまくし立てた。
声が、切羽詰まって乾いていた。
わたしと彼は、昔、恋に発展してもおかしくない関係だった時がある。
彼はモテ男だった。といってチャラ男ではなく、善人にも悪人にもなれない中途半端な男だった。
彼の伴侶のことも知っている。彼女は堅実な、地味な女だ。
たがいに、「ないものを持っている」相手に吸引され、寄せる波に逆らわず、ふたり波に乗って一緒になった経緯がある。
最初の数年は順調だった。
だが、それこそ永遠に続きそうな彼の「求め」に、彼女が食傷を来たした。
彼女は「それはそれ」と割り切って、だが彼は、割り切ることができなかった。
レスになった過去に引きずられ、情欲に引きずられ、レスであり続けるであろう未来に引きずられている…
「なにも、まじめなことが、いいわけでもないでしょう」
わたしは力なく言った。
「浮気でも何でもなさいよ。悪いことをするのも、良いことをするのも、同じパワーじゃない?
あなたの中から湧き出るマグマだよ。ワルくなってもいいじゃない。
倫理や道徳よりも、大切なものがあるでしょう。してはいけないって、頭ごなしに抑えつけるから、行き場がなくなってるんでしょ。
どんどんワルくなりなさいよ。
なろうとして、なれないんだったら、あきらめもついて、あなた自身サッパリするでしょう。
あなた自身から始めなよ、倫理や道徳を持ってきてフタをしないで、あなたの中から、あなたから始めなよ」
彼は、スマホの向こうで黙り込んだ。
「思い通りにならない相手を」
わたしは続けた、
「憎らしいと思ってるんでしょ。もっともっと憎みなさいよ。
思い切り憎んで、それでもホントに憎み切れなかったら、またホントに愛せるようになるんじゃない?
蛇が脱皮するみたいに、新しい関係になってくんじゃない?」
「…、ん、わかったよ」
泣きそうな声が聞こえた、
「でも彼女、傷つくんじゃないか、ぼくが他の異性と関わったりしたら、傷つくんじゃないか」
「だってあなただって傷ついてるじゃない。
一緒に生活していくなんて、苦しさも楽しさも一緒に味わうことになるんだから。
片割れのあなたが、ひとりで自分を閉じ込めていないで、解放なさいよ」
「うん、ありがとう… できないかもしれないけど。いや、できない公算の方が強いな」
彼は仕方なさそうに笑って言った。
「いい子であろうとしてちゃダメだよ。
あなた自分自身であることで、あなたと彼女の世界、ふたりの世界、できあがってくよ。
別れたとしても、それもひとつの出来上がりだよ。
ひとりになったら、またあなたはそのあなたを超えていくのよ。
彼女は彼女で超えていく。
別れなかったら、続く関係の中で、あなたはあなたを超えていくのよ。
彼女も彼女で超えていく。
どんな形であれ、あなたも彼女も、自分自身から逃げられない…」
わたしは、冷たいスマホに向かって悪魔のように囁いていた。