「日本人の愛は、受動的にできているそうだよ」彼が言う。
「相手の中に自分への愛を見て、そこから相手を愛そうとするらしい。
脈ありの鉱山に、ツルハシかついで行くようなもんだ。
もちろん、その相手は、自分が気に入っている相手に限るだろうけれど…。
これは、自分が傷つきたくないから、張られた予防線、安全柵を確認した上での、安心な恋の道なんだ」
「傷つきたくないと思うのは、みんなそうでしょうね」私が言う。
「そう、その『みんな』が、またワナなんだ。
ひとりじゃ、心細いんだ。だから『みんな』を自分の中に持って来て、または自分を『みんな』の中に紛れ込まして、自分はチャンとした愛をしている、と思いたいんだよ」
「そんなことないでしょう。それはホントの愛じゃないでしょう」
「日本人には、『協調の美徳』がある。
まわり、つまり『みんな』が主で、自分は従なんだ。
だから自分が抱える愛にさえ自信が持てなくなってしまった。
長い時間をかけて、与えられた習慣が、動物の本能のように習性化してしまって、『他へ随順すること』に抗うことができないんだ。
そして『他者の中から自分を見る』という受動的な仕方でしか、ひとを愛せない…」
「ふうん」
「淋しい話さ」
「で、あなたはわたしを愛しているの?」
彼は、私をじっと見た。まっすぐに、眉間に少しのシワを寄せて。
「愛してるよ」
彼が言った。私は、大笑いした。
私は、おまえのことなんか、愛しちゃいない。
だから嬉しかったのだ。
おまえは、私の代わりに、ホントに私を愛してくれている…