「私は、夫を、ほんとうに愛することができませんでした」
泣きながら、女は言った。
「そして、愛人も、ほんとうに愛することはできませんでした。
産んだ、わが子さえ、ほんとうに愛していたのかどうか、わからない」
女は、むせび泣いた。
「私は、誰も、ほんとうに愛せなかった! ほんとうに!
だのに、夫にも、愛人にも、子どもにも、私は、愛している、と言いました。
私は大嘘つきです。自分の心に反し、言霊を汚しました…」
地獄の入り口で、閻魔は女を見ていた。
閻魔は言った。
「おまえは、嘘をついてない」
天界行きを命じた。
だが、彼女の魂は天を拒んだ。未練があったからだ。
そして地獄へも行けず、渡りかけた三途の川から、またこの世へ出戻った。
…………………………
「私は、生涯、妻ただひとりを愛し続けてきました。
ほんとうに、ほんとうに愛し続けてきたんです。
妻も、私を愛してくれていはずだ! だのに、なぜ私がこんな法廷に…」
男はいかにも不本意そうだった。
裁判席の神が憂鬱そうに言った、
「絶対化しただろう。え? ほんとうに自分は妻を愛しているのだと絶対化しただろう。
この愛こそが素晴らしいのだと絶対化しただろう。思い上がり過ぎなんだよ」
そして神は厳粛に言った、
「私らは、どちらかというと、迷える者の味方なんだ。
それに絶対を決めるのは、おまえの領分ではない。私らの仕事だよ。
もう一度やり直せ」
男は地獄にも天国にも行けず、また人間界行きを命じられた。