(15)

おやおや、あそこじゃ死にそうになっとるな。
〈死〉という観念が生み出した言葉だ、「死」は。
誰も経験したことがないのに、皆それを怖がっている…

いや、あいつは向かっているな。
自分から、すすんで。
自殺?
いや、違う。死を厭んでいない、それだけらしい。
いやいや、そんな人間おらんだろう… 死は、恐がってもらわないと…

彼は自分の運命を知っているらしい。
そんなの知っちゃいないだろう、自分でそう作っているだけだろう…
いやいや、あいつ、まわりのことも… 世界のこと、嗅覚でもって感知してる。皮膚呼吸もしてる… 頭だけの人間でないよ。

なるほど、そういう奴もいるわな。
で、彼はどうして死んでいくのかね。
生まれたから… それはさておき、彼はこの世が自分に、自分がこの世に、そぐわないことをよく知っているらしい。

ほうほう。
彼は何も言いたくない、われわれをもはや必要としていない。
うんうん。
われわれを使えば… 彼はこう言うだろう、だがそれも「そぐわない」と。
いやそれじゃ話にならん。まだ途中だろ…
彼はこう言うだろう… われわれはいつだって不便だ… これはわれわれの言葉だ… 彼が言うにゃ、
『あらがうも、したがうも同じこと』
これだけらしい。
『私は私の運命、自然… これによって生き、死ぬだけだ』と。

ふぅん…
よくわかんねえ奴だなぁ。せっかくいいマンションに住んでやがるのに。
彼にとっちゃ、いいもわるいもなかったようだよ…