そして猫は鳴き続けていた。
堪らず、私は布団から飛び起きた。
「もしもし、シーッ、シーッ!」人差し指を口に立てて居間に行くと、猫は素早くテレビの上に飛び乗り、後ろに隠れた。
上から覗き込むと、猫はこっちを見上げて、フーッと怒っている。
左右の眼が、暗闇にギラギラ、不気味に光っていた。
噛まれるか、と覚悟しながら、私は思い切ってテレビの上から両腕を差し込み、猫の前足の付け根を両手でつかんで抱え上げた。
そして眼の前に猫の顔を持って来て、思い切り睨みつけて、
「フー、じゃないでしょ!」
小声で厳しく叱りつけた。
すると猫は、ニャ、と言って、すいましぇん、とでも言うように横を向いてうつむいた。
翌日、仕事から帰って来ると、「ずっと出て来ないんだよ、この暑いのに…」家人が言う。
寝室を見に行くと、猫はタンスと壁の間にある、小さな隙間の中にいた。
私を見ると奥の方へ後ずさってしまった。
「ずっとこんな調子なのよ…」途方に暮れたように彼女が言う。
水もご飯も口にせず、昨日から既に24時間以上経っている。
「いかんな、なんとかしよう」
私は、買っておいた猫じゃらしを、隙間の入り口でチラチラ動かしてみせた。
反応してるかな、とチラッと覗く。覗くと、猫はハッ!と私を見上げた。
私が顔を引っ込め、また猫じゃらしをサワサワ動かす。
またチラッと覗く。猫は、またハッと私を見た。
この「覗いて、引っ込んで」を繰り返しているうちに、私は「いないいない・ばあ」と言うようになった。
相手は猫なのだから、何も変な顔をつくって「ばあ」までする必要はないのに、どうしてか変な顔をつくってやってしまう。
横で見ていた彼女が、腹を抱え、涙を流しながら笑い出した。
私は汗を垂らして「いないいない・ばあ」と猫じゃらしサワサワ運動を繰り返し続けた。
すると、いきなり猫が顔を出した。
そして何もなかったようにダイニングキッチンの方へ歩き、お皿の水をペチャペチャ飲み、キャットフードをカリカリ食べた。
それからお座りし、前足で丁寧に顔を洗い、こっちを向いて座り直すと、落ち着いた顔で私たちをじっと見つめた。
「ああ、よかった…」
私たちは安堵の溜息をついた。
「名前、考えたんだけど、フクってどう?」
家人が言った。
私の、遠方にいる十年来の友人が「吉」(きち)という名の猫を飼っている。「めでたい繋がりで」という理由だった。