はーい、どちらさまですか。
無言。
… どちらさまですかね?
あ、わたくし、奈良の、○×教の、カミサンのことで、お話させていただく者なんですけど。
ああ、カミサンのことは、あんまり興味ないんで、すみません。
あ、そうですか…ありがとうございます。
いつかの夏には、玄関のドアを半開きにしていた夕方、ピンポーンに出て行くと、2mはあろうかという背の高い黒人の、外国人の方が立っていて、びっくりした。
隣りには、対照的に小さな若い女性がいて、ケニアかガーナか忘れたけれど、とにかくその国の子ども達のための学校づくりの必要性、そしてその国でつくっているコーヒー豆を買ってくれれば、その学校設立に寄付される、というような話だったと思う。
胸に身分証を付けた、まじめそうな、いい感じの女性だったけど、やはり断った。
そばで、背の高い彼が、手持ち無沙汰そうにしていた。
新聞の勧誘は、めっきり来なくなった。
昔々、新聞勧誘員に、ひとり暮らしの女性が暴行された話を聞いた。許せぬ犯罪である。
女性は、気をつけてほしい。ピンポン鳴っても、うかつにドアを開けてはいけない。
あやしい気配がしたら、絶対に開けてはならない。
あと、うちに来るのは、たまの宅急便くらいである。
あとは、やはりたまに、隣りの奥さんが、どこかへ行ったついでに買ってきてくれたギョーザを、持ってきてくれたりする。
これはかなり美味しいギョーザで、おかずになるし、助かった。
考えてみれば、ぼくがどこかの玄関の前でピンポンすることもない。
たまに、そのギョーザのお礼に、お隣りさんに、ぼくが東京に行った時買ってきたお土産を渡すために、ピンポンするだけである。
いつのまにか、社交の場は、外になってしまった。
友達の家を訪ねるなんて、滅多にない。訪ねられることも、滅多にない。
ピンポーン、と鳴っても、そんなに、心が、ときめくようなことも、ないのである。
にもかかわらず、妙に明るい音である。ピンポン。