死にたい夜に

「どうしてみんな、死んだらいけない、なんて言うんだろう」
「なんでだろうね」
「生があって、死があって、生命ってあるのよね。みんな、がんばってとか、生きようとか…ばかみたい」
「モンテーニュは、死の自由がなくなったら、生の奴隷でしかないと言った…」
「同感。生きることばかり美化して、死ぬことがよくないみたいなのって、おかしいと思う」

「ほんとうに個人を重んじる世界では、自殺は悪いことにはならないだろうね。昔々の西欧では、『自殺に値する理由』が法的にあって、それにふさわしい者のために、常に毒杯が用意されている国家があった。もう生きることに飽きたという者には、飛び降りるための絶壁が公的に用意されている国もあった」

「いいわね。寛大だと思う、人に優しいと思う。とってつけたような励ましや、あってないような常識には、うんざりだもの」
「といって、まわりの人が無関心に『勝手に死ねば』というほど冷淡でもなくてね。どうしてこの人が生きたくない社会になってしまったのか、我が事のように考えるんだ。為政者も、一般市民も」
「あなた、わたしが自殺したいって言ったらどうする?」
「見てる」
「止めないの?」
「うん、止めない。ずっと見ててあげる」
「嬉しいな」

「ところで、あなたはどうして生きているの?」
「死ねなかったからだね。臆病で、勇気がないんだ。死ぬ理由が確固としてあれば、死ねるんじゃないかと思って、わざとパチンコで大負けして、死ねる理由をつくったけれど…ダメだった」
「バカじゃん」
「うん、バカは死ななきゃ治らないを、地で行こうとしたんだけど」

「わたしは死にたくもないし、生きたくもない」
「こんな自分とずっとつきあっていくのかと思うと、おれは絶望的になるね。死にたい」
「わたしとつきあうのは?」
「希望のようでもあるし、重荷のようでもある」
「自分の顔のまわりには、逆さまになったコップが被せられていて、いつも自分はその中で自家中毒を起こしている、と言って、ガス・オーブンに顔を突っ込んで自殺した詩人がいるわね」
「シルヴィア・プラスか。椎名麟三は、人間は自分の頭の中に飛び込んで自殺する、と言ったなぁ」

「この世は、まぼろしなのかもしれないね」
「うん、頭の中でつくったものの中で、それを現実と思い込んでいるだけかもしれない」
「ホントのわたしはここにいるけど、あなたに見えるわたしは、あなたの中のわたしで、ここにいるわたしではない…」
「ホントのことなんてありもしないのに、ホントをつくろうとしてしまう」
「なんで生きているんだろうね」
「なんでだろうねえ」

「それにしても、誰にも読まれないね」
「うん、仕方ないと思う。自殺についてのことなんか、誰も見たくないよ。でも、僕には自然なことだから。死にたいって思わないでは、生きてこれなかったと思う。こんなのを書くことを、正当化してみようか。
 自殺を考える時、僕、いつもひとりだった。ひとりで、淋しかった。だから、自殺を考える人と、知り合いたかったんだ。一緒に死ぬためじゃない。どうして死にたいのか、その景色を一緒に見ながら、生きたかったんだ。死ぬことを真剣に考えることは、真剣に生きることに繋がると信じていたし。ひとりじゃない、一緒に生きようって、訴えたかったんだ。人に対して、自分に対して」

「でも誰にも読まれない。結局、ひとり芝居みたい」
「誰にも読まれなくても、書きたいことを正直に書く。それでいい、と自分に言い聞かせてる」
「そうだね、あなたはあなたでしかないもんね。自分に正直にならず、ごまかしたら、いけない」
「なんか、生きてきちゃってるからね」