ネットに開示する以上、自分の書いたものも情報の一部であるし、簡単に流されるものと思う。
PV数なども、Googleさまが何らかのキーワードを拾って、勝手に加算されることが少なくなく、要するに人間が読んでいない。AIさまが反応してるだけ。
そんな「数」であるけれど、いいね!は人間が押しているらしい。
noteを復活させて一ヵ月近く経ったが、昔の記事にこのポチッが付くのはちょっと嬉しい。
「その時だけのこと」を書いているつもりはなく、大仰な言い方をすれば普遍的なところ、結局心理とか心、同じか、その部分に目を遣って、そこからこれでも真剣に書いてきたつもりだから。
これでテキトーに書いていたら、たとえ読まれたとて、これほど嬉しくもないだろう。何だかんだ、書く時は真剣でありたい。誰かと実際に会っている時は冗談ばかり言っていたい。書く時は自分と向き合う気になる、貴重な時間だ。その時、誰も他にはいないのだ。
出版業界は金儲けのことしか考えていないし、音楽にしても絵画にしても、売れるか売れないかしか考えていないように見える。しかもどれだけの数、どれだけ需要があるか… それじゃ、廃れていく一方だろう。
読んで頂く以上、つまらないものは書きたくない。その人の時間をいただくことになるのだから、なるべくその人のお役に立てるようなことを書きたいと思う。
ただ、物品によるお役立ち、または「こうしたらいいですよ」的なものは書けない。そんな情報は溢れすぎて、もういいと思う。また「独り言」も書きたくない。公開するのに、独り言、はないと思う。わざとらしい。
何も、こんなことを書かない、何も言いたいことなどないんだ、という人になれたら、それが一番よく思う。そういう人になれないから書いている。
もう、いっぱい書きたいことは書いた! もういい、もう、ない! そこまで行けたら、もう何も書かないで済む… かしらん。
もう自分には何もない。そこまでイケたら… むり、か。
何もない、何もなかった! 本気でそう気づくために、書いてんのかもしれない。