限られるもの

椎名麟三の小説に、「わしはもうすぐ死ぬんやぞ!」が口癖の老人が出てくる。

「彼は、自分の死以外に誇るものがないのだ」主人公に、椎名さんはそういわせている。

誰でもいずれ死ぬのであるから、何もその老人ひとりが死を誇らなくたっていいのだ。

だが、老人にとっては何しろ自分の死であるのだから、とにかく一大事であることには違わないのだった。

しかし、どこか滑稽ではないか。

誰でも死ぬ。でも、死ぬのは誰でもないということが。