読むのがもったいないと感じる本

 昔々は漱石がそうで、椎名麟三はずっとそうで、田山花袋の「蒲団」が途中までそうだった。
 一字一句に、魂、といっては大袈裟だけど、強い何かが感じられて、なにものにも代え難いような、その人自身の根底から出て来ざるを得ないような言葉に満たされているが如き文章は、いとおしくて、仕方ない。

 そういう言葉が発せられる元には、その人の「思い」のような「情」のような、得体の知れない執念のようなものがあって、それに突き動かされるように、言語を連ねているように感じられて、かけがえがない。いとおしい。

 といって、もちろんその私情をただ言葉に発現、置き換えているだけではない。
 といって、「親しみ易いように」他者へ妥協しているわけでもない。
 他者を見下す姿勢など、微塵にもない。
 自己に対して、誠実であろうとする文章だ。

 そういう本は、まるで人の生命と同じく、そこに在るだけで、ありがたさを感じることを、禁じ得ない。