銭湯の湯船のなかで、ぼくの横にいた子どもが、向かい合って浸かる父に聞いていた。
「大人になったらいいことあるのかなァ」
うつむき加減にひとりごちていた。真剣に考えている様子。
それから彼は顔をあげ、「お父さんは大人になりたかった?」と、ハッキリ聞いたのだった。
問われた父は、「ん? うぅん…」
大人になったら、いいことあるよ。いっぱい、いろんなことを知ることができる。
知らないでいいことなんかないんだよ。悪いことも、いいことも、いっぱい知ることができる。
お父さんは、大人になりたいとか思う前に、大人になっちゃった。
時間って、いつも過ぎてるんだ。そのうち、おじいちゃんになる。
その時間のなかで、どういうふうにトシをとっていくか、いちばん大事なことだよ。
…… 横で浸かりながらぼくは、もし自分が父親だったら、こんな返答をしたかと夢想した。
「長く生きても、ロクなことないなぁ!」と言っていた、おじいちゃんを思い出しながら。