一昨日、職場でA君がS君に、「S君の工程はラクだからいいよ。僕の所なんか…」と言っていた。
私は横でそれを聞いて、ムッとする。
S君は黙っていた。
昨日、一緒に帰る時、その話をS君にした。
「ああいうこと言う人って、オレはイヤだなぁ。人と比べて、どうのこうの言うなんてさ。
苦労、ってのにも、同じようなことがよくあってさ、あなたの苦労なんか私の苦労に比べたら、なんて、よく言う人がいるけど、そんなもん、比較するもんじゃないだろうって思うよ。ラクそうに見えたって、実際やってみりゃ大変なんだよ、どんな工程だって。」
「そうですよ。仕事に、楽も大変もないですよ。ムッとしましたよ、正直(笑)。でも、こういう人なんだな、って。」
人と比較して、自分はまだマシだと思って優越したり、人と比較して、自分はかわいそうだと悲劇のヒロインになったり。
しかし誰もが人生の主人公は自分なんだから、ま、いっか。
話は、またS君に戻る。(私はS君に恋してるのかね?)
昨夜カラオケボックスにふたりで行ったのだが、感心したことがある。
私が歌っている時、彼は画面を見て、そしてしっかり私の歌を聞いていたのである。
カラオケボックスというのは、一緒にいるヤツが歌っていても、ほとんど誰も聞かず、次に歌う自分の曲を選んでばかりいる、「ジコチューの世界」の代表的な場所だと思っていた。
しかしS君がまっすぐに聞いてくれるので、私も力と心が入った。熱唱。
となりの部屋では盛り上がった歌が聞こえてくるが、私たちは「別れの曲」を優先的に歌い合い、S君は涙で目をはらし、私も思い切り涙ぐんで歌っていた。
若い人とはよくカラオケに行くけれど、もちろん世代の差もあって、私の知らない歌も多い。
だがその人の歌う歌を聞いていると、その人となりがよく分かる。
S君も、私の歌う歌は、知らないものが多かったはずだ。それでも、チャンと通じ合う何かがある。歌は、ほんとうに素晴らしい。
「あの人とはトシが違いすぎるから」と、最初からつきあおうとしない人もいる。
もったいない。トシとつきあうわけでなく、ヒトとつきあうのだのに。
私のやってみたいことの一つに、気の合う人とふたりで行って、10時間位歌い合うこと、というのがある。(3人ではダメです)
そして、ひとり100曲、歌うのだ。10時間じゃ、足りないか。死ぬまでに、やってみたい。