引っ越すか。

 午前4時半近くになると、もう東の空がしらじらしている。
 スズメの、チュンチュン鳴く声が聞こえる。
 やがて空が朝焼けに染まると、山のシルエットがくっきりとその輪郭を映し出す。

 私はとりあえず東京の、ビルやら家々が密集しているような所に生まれ育ったせいか、山が遠くに見えるだけで、ホッとする。

 24歳で結婚して家を出るまで、私はずっと実家にいた。
 よく朝まで起きていた時期があって、明け方になるとカラスの鳴く声が聞こえた。
 朝焼けの空も、小さく見えた。建物が多すぎるのだ。

 もう、東京に住めと言われても住めないかもしれない。
 あまりにも不自然な、おかしな所だな、と、いつの頃からか感じ始めた。

 しかし昨夜はなんであんなに飲んでいたのだろう。
 一緒に飲む相手が、久し振りに見る好青年だったせいもある。

 私にとって「いい人」とは、自分に正直な人である。
 いいことをしてくれたり、やさしい言葉をかけてくれる人ではない。

 どうしようもない自分というものを抱え、それについて真剣に、自分の頭で考えている人、とでもいおうか。

 そういう人は、ちょっと話をしてみると分かる。
 そして、「ああ、いいヤツだな」と感じることができる。
 何もしてくれなくてもいい。その存在だけで、私は励まされる気になる。

 先日、本社地区の工場から、私の勤める工場に見学に来た友人も、そんな存在である。
 彼は役職について、偉く(?)なっていたけれど、その人間味はまったく変わらない。

 彼が私の働くラインに「応援」という形で来ていたのは、もう5、6年前になる。
 私の工程の隣りに入ったので、自然と話すようになった。
 そして彼の応援期間が終わるまで、毎晩ふたりでビールを飲んで、いろいろなことを話し合った。

 職場が違っても、たまに電話で話し、会ったりして、やはりビールを飲んだ。
 その彼が、今年の夏に九州で新しく立ち上がるエンジン工場に転勤になる。

 離れていても、友達関係は続けられると思うが、私も九州に行きたくなった。
 福岡あたりに住んでみたい。
 私の今住んでいる所、どうもハンパな感じが否めない。

 べつに愛知を悪く言っているわけではない。ただ、何か中途半端な空気を感じる。
 私が半端者だからそう感じるのもあるが、それだけでもなさそうだ。

 場所の影響、人の影響は、どうも大きいようである。
 来年の1月までは契約があるから、今の工場に勤め続けるしかない。
 それまでに東海地震が来れば、生きているかどうかも分からないことだが、どうも九州が気になる。

 昨日、電気料金の自動引き落としができなかった、という葉書が来ていた。
 ムムッ、2700円以下なのか、私の預金通帳の残高は。
 引っ越せるのかね?