大学の頃

 ぼくは小学4年の頃から学校に行かなくなったので、ほとんど教科の勉強という勉強をしてこなかったし、40過ぎた今だって、分数の計算もできないでいる。

 中学も、1年も行っていないから、英語なんか、大検を受けて大学に行こうとした17歳になって初めて文法の存在を知ったくらいだった。

 ただ、今自分のするべきことは、これしかないのだ、とほんとうに思っていた。
 で、来るべき2月の受験の日のために、とにかく一生懸命、勉強をした、といっていい。

 何しろ、自分のその時するべきことは、それしかないと、ほんとうに思っていたのだから、途中でイヤになりそうでも、やるしかなかったのだった。

 合格した時は、だから自分のやるべきことが、終わってしまったな、というような脱力感のような気分も、身体のどこかに感じていたようだった。

 だが、それを目指して、ぼくは受験勉強を、日々、せっせとやってきていたのだ。
 大学に、ぼくの求めていたものは、楽しさとか、ラクさ、という類の、いわば甘いものだった。

 そもそも、働くのがイヤになって、無職ではいけない、という切羽詰った気にもなり、今自分のするべきことは、学校に行くことだ、という、得意の「べきだ」発想が、その行動の基点になっていた。

 特に、大学で何を学ぼう、という気はなかった。
 社会学科に入ったのは、偏差値がちょうどよかったからにすぎないし、自分の学力では、ぼくを拒否する大学のほうが、多かったのは事実だった。

 ほんとうはフランス文学をやりたかった、などといっても、どうしようもないのだ。

 いわゆる「青春」なのだと思っていた。
 実際、卒業して就職すれば、もう終わってしまうのだから、今のうちに、やっとこうぜ、というスタイルの人が、まわりにも多かった。

 かれらは何か、決定的なところで、結局割り切っているようだった。
 ぼくは、動機は、楽をしたいという甘いもので、だから確かにモラトリアム的なものはあったのだが、そこまで割り切るというふうに割り切るということは、できずにいた。

 なぜなら、自分はほんとうに卒業できるんだろうか、と考えると、まったく自信なんか無かったからだ。
 成績は、良かったけれども、そんなことは、それだけの話だった。ただ、4年後のことなど、想像ができなかった。

 で、だんだん、大学に行きたくなくなっていった。
 中退は、どうしようもない自然のことだった。だから必然でもあった。

 それから10年ぐらい、友達の紹介で、貯水槽清掃のアルバイトをした。
 大手会社の下請けで、元請けの社員が、現場に立ち会う。

 なんとなく話をしていて、ぼくは大学中退だと言うと、
「中退組か! 苦労するぞ」
 といわれた。

 だが、卒業しようが、中退しようが、ぼくにはぼくの「苦労」があるだろう、と、それだけには、自信をもっていた。

 あれからもう、20年たった。
 ぼくは、なんにも、ぼくで、なにもかわっちゃいない、という、それだけの文である。