介護の仕事の頃(8)苦楽

 同じだと思った。苦しみも、楽しみも。
 職場でイヤなことがあれば、家に帰ってもそのことが忘れられない。そしてイイことがあっても、そのことによって心は軽く浮わつき続けるのだった。
 仕事に、1日の10時間近くを費やしていれば、家の中でも仕事のことを考える。そこから離れるために、酒やギャンブル、風俗などに身をやつす。私は書く時間を、それらの代用にしているようなものだ。
 で、書く。

 友人からもらった年賀状に、「歳をとって、だいぶ自由になれました」とあった。いい言葉だなぁ!と感じた。彼は、一流大学を出、一流企業に就業したが、1ヵ月ほどで辞めた。以降30年、予備校で数学を教えている。
 20歳の頃(彼は私より5つ上だが)、われわれは何か自由そうではあった。時間が沢山あるように思えた。知人の所有する山小屋に泊まったり、青春18きっぷでタップリ時間を使ってどこかへ行ったりもした。
 だが、何か自由ではなかったのだ。

 これはきっと、死と無関係ではない。おたがいに歳をとり、生の短さを知れたのだ。誰のための人生でもなく、自分の生であり、自分の死である。その間の時間が、限られていると知れたこと ──
 彼も私も、どうしようもない自分を抱えて生きてきたと思える。そしてホントウにどうしようもないのだ、と自覚できたということなのかもしれない。
 ならば、というより、あきらめ、でもなく、これもどうしようもない、流れのようなもののようだ。

 もちろん家庭やら仕事やら、縛りつけられるものはある。この自分自体が、まず身体に縛りつけられている。それらを、許そう、とでもいうような姿勢 …そんなものが、自由を生みだす気がする。

 これは仕事にも言える。完全は、ない。それをする私が不完全なのだから。完璧に仕事ができぬことを許容することにしよう。もし完璧があるとするなら、自然にそれに近づいていくようになるだろう。自分がとりあえずガンバッてしまっていれば…
 そんなココロになろうとしている。そうなれないから、そうなろうとしているのだとしても、そうなろうとすることができるだけで、けっこうイイのではないか、という感じだ。

「仕事に自分を貸し出しはするが、自分自身を捧げはしなかった」400年前の人が遺した言葉のような心持ちで、働きたいものだと思う。いや、人生そのものに対しても、そのような心持ちでいいのかもしれない。
 ヒトは時間とこの身体から抜け出すことができない。職場にいようが家にいようが、同じ血の巡り、時の巡りの中にある。だが、きっと魂のようなもの、生命のモトのようなものは、それはそれとしてあるのだ、と。
 それを大事に、生きたい、と思う。

 たまに、想像する。30、40の頃に、こんな「気づき」があったら、どんな人間になるのだろう、と。
 イヤなこと(苦)もイイこと(楽)も、同じ心のざわつきだ、とホントウに気づいたような人。好きでもない仕事をこなして出来上がるプライドも、他人と比較して得る自己満足も、たいしたものではない、と気づいたような人。
 それでいて、仕事をマイペースでしっかりこなせるような…
 さしあたって、思うだけでなく、死ぬまでに、私はそんな人間そのものになりたいのだが。