正負の感情

こないだ瞑想していたら、呼吸の変化に気がついた。
怒りと悲しみ、同じことだが、そんな感情に心が捕らわれた時、息を吸う方に時間が掛かったのだ。
へえ、と思った。いつもは吐く方へ時間が掛かるのに。

ひっく、ひっくと泣く子のことを想った。泣く時、その子は息をたくさん吸おうとして、ああなるのかな?
いつもよりいっぱい。吸い込むために。そして涙を流すために。

怒るも悲しむも、体力が要るんだ。その力を溜めるため、そして吐き出すために息を、空気を必要とする?

自己を制する者は世界を制するという。それはそうだろう、感情、この暴れん坊が、万人の心に巣食っているのだ。

その心は自己の内にある。その自己は、ひとりひとりの内にある。感情に任せて、殺傷、諍い、暴力沙汰はまっぴらだ。

世界を制する? それもそうだ、その自己ってやつが、この世界に対しているんだからな、こまごまとした事象、物事、人、出来事…つまり世界に。

興奮した時、息は荒くなる、速くなる。自暴自棄になる時もそうなる。
そうならぬように。
呼吸をコントロールする。調整する。

万人にできるが、一人にしかできないことだ。
感情の奴隷にならないこと!

もしかして、平和な世界に繋がるかな?
世界は自己から始まっている、そりゃそうだ。

気持ち、心の持ちようで、見える風景、景色、変わっていくんだから。
つまり、世界が。