「絶望名言」の寄り添い

 ラジオ。
 夜中、よく目が覚める時があり、つける。「ラジオ深夜便」。
「今年はラジオ放送100周年です」
 ── 絶望名言、というコーナーがあるんですけど、この成り立ちは?
 ── 文学紹介者の〇〇さんが、二十歳の頃重篤なご病気になって入院された。その時、明るい言葉や前向きな言葉を聞くのが、とても苦痛だった。まさに絶望の真っ最中だったから。
 希望なんて無い。未来なんて無い。そんな時、フランツ・カフカの本を読んだ。そこには絶望の言葉ばかりで、明るさのカケラもない。
 でも、そんな言葉が、絶望していた自分に寄り添ってくれた。
 ほんとうに絶望している時、寄り添ってくれるのは、絶望の言葉だった──

 番組制作に関わる人が、この〇〇さんの言葉を聞き、また当時のディレクターも感じるところがあって、この「絶望名言」というコーナーが出来上がった、という話だった。
(こっちも夜中、寝ぼけながら聞いていたが、かいつまめばそういう内容。)

 そうなんだよな、と思う。
 ほんとうに絶望している時、ダメだよとか、がんばれよ、なんて、とてもじゃない。
 ただ、カフカにしても、共感を狙って絶望の言葉を書いていたわけでない。
 真剣だったんだ。
 発信する人と受信する人── 書く人、読む人、ともに、真剣だったんだ。

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積年の問いであり、自問であり、割り切れないテーマ、哀しい主題です。けっして結論解決は無いでしょうが、だからこそ掘り下げたい。生きるためには死があって、生があって死があって、初めて生命があると考えます。...