決まってたところへ行く(3)

 おや、土手の方から人の声がするぞ。誰か来るのかな。ピンポンチャイム!

 急いで… しかし自然に、私が身づくろいをする。誰かが来たら、私は何もなかったように玄関を開ける。ハイ! こんにちは、とか言って。だが誰も来なかった。

 このように、私は軽い。臓器が入っているのかと思われるほどの身軽さだ。それも、体裁をつける、それだけのために。そのためなら、私は湖にでも飛び込めるだろう。体裁、それをつける、ただそれだけのために!

 相手にはバレている。こいつは軽薄なお調子者だ。着飾って、いい顔して、いい気になってるだけの。ほんとの顔を見せろ!こっちは、ほれ、この通り。なーんにもムリなんかしちゃいないよ。

 ムリ、そう、私はずっとムリだったよ。あなた方は、ムリをムリと意識もできぬ、ムリを血とし肉とした、不具者、自己喪失者だ。ムリをしていることすら意識できないとは! いつにまにこうなったのかも考えようともしないとは!

 私は体裁をつける。せっせ、せっせと、まるで自然そうに。あたかも、こうなっているんです、というふうに。この私を、私はチャンと知っているよ。

 あなた方は、自然をいつも当然に変える。私も、それにすがりつく。あの当然がなければ、私はこれ以上の異常者になるからね。そうならぬための、唯一の糸が体裁なのだよ。

 私はね、ムリだったのだよ。ぜんぶ、ムリだったのだよ。居場所のない国に、押し込められてね、いや、どこに行っても、ムリでね。空間が裂けて、そこへ入り込む。でも、またぞろ空間が裂けて口を開ける。私は入る。また口を開ける、また入る── 空間に、どうして裂け目が? 知らないよ、開いたから入るんだ。

 開いたから入るんだ。開いたから入るんだ。それ以外に、なかったんだよ。