介護の仕事の頃(3)派遣社員として

 先日の夜、実は大泣きした。家に帰って、布団の中で。
 認知症、なぜそうなってしまうのか。自分が自分であることも、まわりのこともよく分からなくなっている人達のことを、痛切に感じたからだった。
 彼らが、何をしたというのか。なぜそうならなければならなかったのか。もし神様がいるとしたら、こんな仕打ちをなぜ与えるのか…。何年ぶりか、あんなに泣いたのは。

 …しかし、どうも今回の担当者とはウマが合わない。しばし、愚痴らせて頂こう。派遣会社のこと。
 まず、初対面の時。職場まで車で送って頂いたので、降りる際「ありがとうございました」と言っても、こちらに顔を半分向けたまま能面のようにボーッとしていた。大丈夫かな、この人は。これが第一印象だった。

 派遣社員としての説明を受ける時、彼自身、その説明内容を把握していないような心許なさを覗かせた。「残業はアップしますから」を何回か繰り返され、目つきは陰険さを伴うほどに真剣であった。余裕のなさそうな早口で言われるので、こちらも口を挟む余地がなかった。彼は全く自分に余白を残していない、メモかマニュアルでびっしり詰まった頭を抱えているようだった。

 こういう人は、お得意先への社交辞令だけはしっかり行なう。私の派遣先の施設長へ、5秒も辞儀をし続けていた。相手も、そんな儀礼を求めていないようだったにも関わらず。
 施設内を職員に案内される時、彼も同行したのだが、まるで頭は別の所に置き忘れてきたようで、どこを見つめているのか、何かサイボーグか機械が、背広を着ているように私には見えた。

 派遣社員は、勤務シートを月末までに派遣先に提出しなければならない。だが、月末は土曜で、1日は日曜、事務員は休みでいないのだ。2日3日は私が休みで、こういう場合、写メールで勤務シートを彼の携帯に送信しなければならない。そう教えられたからだ。
 で、送ったのだが、「今日事務所に提出できませんか?」と来た。私は、ほんとうにこの人は大丈夫だろうかと思った。思わず、「休みだから写真を送ったんですよ」と声を上げてしまった。すると、彼もムッとした声音で「すみません」と言う。

 些細なことだが、塵も積もれば山となる。日頃のウップンが、たかが写メールを発端に、爆発してしまった。

 おそらく、彼は真面目過ぎ、ほとんど本当に自分のことしか考えていないように思われる。自分のことで一杯一杯だとしても、相手のことを少しでも考えられれば、そんな態度はとれないだろうという所作を、何度か私は見てきた。

 聞けば、彼は小学校か中学校の非常勤講師であったという。何も職業で人を見る気は更々ないが、辞めて、子ども達のためにも良かったろうと思う。
 まったく、私も頭が固いほうだと思っているが、彼はその上を行く。人の気を慮るのは、確かに難しい作業だ。しかし、あまりにも、それをしようとする気配が感じられない。自然と、そういった人となりは表れてしまう。

 形、うわべだけのもので、それをすれば仕事はOK、というものではないだろう。本人も、さぞ苦しいだろうと想像していたが、どうもそうでもないらしいのだ。私にとって、人間ではないような、脅威的な人物なのである。
 そもそも派遣会社という形態そのものが、何か胡散臭いものではあるのだが。