結局、福が一番遊んでくれたのは、小説家志望だった私が、原稿をとじるために買っておいたタコ糸だった。
パソコンのそばにあるのを、福がチョイチョイしたのがきっかけだったと思う。
この遊びの詳細を書けば、まず人間(私)が座布団の上に正座し、その足まわりにタコ糸を、そーっとたぐり出すことから始まる。
ゆっくり動くタコ糸を、福はお座りしてジッと見つめている。
そして何か、感極まるようにジリジリし出し、おもむろに「伏せ」の体勢をとる。
福から見て、正座する私の足向こうにタコ糸が隠れると、福はお尻をフリフリさせ、隠れたタコ糸目掛け、バッ!と飛び掛かってくる。
瞬間、私はサッとタコ糸を逃げさす。
そして正座したまま、ぐるぐるタコ糸を、左手、右手に持ち手を替えながら、この身のまわりに回し出す。
追いかけて、福も私のまわりをぐるぐる回る。
福が腕を伸ばし、その爪先がタコ糸の先端を捕らえそうになると、私はまたサッとタコ糸を引き、回すスピードをその瞬間だけアップさせる。
捕まえられそうで捕まえられない、このもどかしさが、福にはたまらないのだ。
何周かすると、福は鼻からフーッと深い溜め息をつき、伏せの恰好になって小休止に入る。
私も汗をかき、ハァハァいっている。かなり緊張を必要とする、息詰まる作業だった。
もし、福の爪がタコ糸を捕まえた瞬間、私がぐいと引っ張ったりしたら、福がケガをしてしまう。
そして2,3分経つと、福の呼吸が落ち着く。
また私はタコ糸をゆっくりたぐり出す。
じっと見つめる福が再び、バッ!と来る。
また私はタコ糸を回し出し、福も回り出す。
たまに、正座している私の足裏に、福の爪がグサリと突き刺さる。
タコ糸の巻き板を持つ手に、爪がスパッ!とスイングしてくる。
やがて福の爪先がタコ糸をとらえる。
狩猟の成功に、福は長い尻尾をピン!と立て、誇らしげにタコ糸をくわえ、スタスタ歩いて行く。
そして私から少し離れたところで伏せをして、フゥフゥいいながら獲物を両手で抑えつけ、タコ糸にガジガジ、噛みつき攻撃を加えるのだった。
「福、偉いね~、強いねぇ! 上手だね~。福は狩りの天才だねえ!」
私は誉めながら、福の頭を撫で、背中を撫でる。
と、瞬間、福は両の前足でガッシと私の腕を捕まえ、後ろ足でバンバンバンバン、キックの雨あられを浴びせてくる。私の腕は傷だらけになる。
「おお、強いね~、福、強いね~」
言いながら、私は苦痛に耐えている。
福が、元気でいてくれることが嬉しい。
福が攻撃をやめ、立ち上がると、私の腕も解放される。
われわれは再び、しばしの休憩に入る。
私はティッシュで、滲んだ腕の血を拭き、福は毛づくろいをする。
そして2、3分が経つと、福はタコ糸のそばにお座りをして、じっと私を見つめてくる。
「これ、動かしてよ」とその目が言っている。
私はまた正座し、タコ糸をゆっくりたぐり出す…
この繰り返しを繰り返すのが、福の大好きな遊びだった。