老夫婦

 おや、小鳥がさえずってますね。おばあさんが言う。
 牛も鳴いとるなあ。おじいさんが言う。

 もう、今年も終わるのう。
 そうですねえ。おかげさまでした。
 わしは、何もしとらんけ。
 いいえぇ、元気でいてくれて、ありがたいことです。
 ええもん、食わしてもらっとるおかげじゃけ。

 私も何もしていません。畑でできたものを、頂いているだけで。
 自然に、生かされとるんやけ。ありがたいこっちゃなあ。
 ほんとに、ねえ。

 あと何年生きるか分からんけ、今まで通り、いられたらええのう。
 まあ、こればっかりはねえ。
 死ぬ時は、ぽっくり行きたいのう。
 それも、こちらでは、何ともねえ。

 時に、ばあさんや。なんでわしら、一緒に暮らしとるんじゃ?
 さあ、なんででしたかねえ、忘れましたわ。
 わしも忘れた。どっかで、会ったんじゃよなあ。
 そうだったんでしょうねえ。

 好きになったり、したんじゃろうなあ。
 ええ、たぶん。
 まったく、わけがわからんのう。
 ええ、ええ。わけなんか、わからなくても、大丈夫でしたねえ。

 ピンポーン。おや、お客様じゃ。
 おじいさんが出て行くと、もう帰って来なかった。
「じきに、あなたにもお迎えが参ります」
 閉まった格子戸越しに、おばあさんは客人に言われた。

 はい、わかりました。よろしくお願いします。
 ご褒美ですものねえ、生きた、ご褒美ですものねえ。
 おばあさんは、そう応えた。涙をうっすら浮かべ、丸い笑顔で。