ユスラウメの、一本の枝から、ぶらり。
空中に貼りついた、小さなゴミのように見えるだろう。
こないだ、小さな子が、めざとくぼくを見つけた。
好奇の目で見てきて、
「あの中はどうなってるの?」
大きな人に、聞いていた。
ぼくの中はどうなっているのか?
哲学的な問題だ。
小さな子は、いつも天才だと思う。
それなのに、大きな人は「虫が入っているんだよ」としか教えない。
ぼくだって、いろいろ考えて生きているのに。
失礼な話だと思う。
葉っぱを集めて、ぼくは身を守る蓑をつくった。
そしてこの中に巣ごもって、一冬を過ごす。
外界の動きは、空気の震動でわかる。
蜂は、天敵だ。鳥も怖い。
あ、あの子が、大きな人から怒られている。
ここは、あの大きな人の家の庭なのだ。
「出て来なさい、鍵を開けなさい!」
あの子が、怒鳴られている。
ぼくは、自分が怒られているように感じて、蓑の中で身をよじる。
あっちの世界じゃ、ぼくのような存在は、おかしな存在になるんだな。
「閉じこもり」とか「引きこもり」とか。
ぼくの立場はどうなるんだい。
世界は危険なんだ。
自分のことばかり考えている奴らばかりだよ。
巻き添えを喰らわないために、あの子だって我が身を守っているんだろう。
毒された世界に毒されないために、我が身を守っているんだろう。
こんな世界に生きているだけで、大変なことだという事実に、なぜ大きな人は目をくれないのだろう。
大きな人は、小さな子の将来を心配しているらしい。
将来!
誰が知れるというのだろう。
それに、自分から心配しているくせに、まるで小さな子のせいにして心配している。
自分のことしか考えない、典型的なタイプだな。
あれじゃ、引きこもりたくもなるよ。
ぼくだって、うまく羽化できるか知らないよ。
この冬を越せるかどうかも分からない。
こんな当たり前のことを、何を心配がって、不安になっているんだろう。
ぼくは、ぼくの身を守る。
それが、今できることの精一杯。
来年の春、羽を広げて飛べたとしても、ぼくは「蛾」と呼ばれ、うとましがられるだろう。
まったく、生きづらい世の中だよ。
あの大きな人だって、「我」のかたまりのくせに。
ぼくはぼくの運命でしか生きられない。
まわりを見れば、みんな、自分の運命をつくって生きている。
隣りのタイサンボクも、隣りの桜も。
運が良かったら…… 悪かったら、かもしれないが…… 来春、ぼくは飛び立つよ。
小さな子よ、しっかり、自分の身を守るんだよ。
その時季が来たら、出ておいで。
あの親だって、いつかあの世へ旅立つ。
この運命の外には出られない。
でも、自分の内からつくる運命がある。
ぼくを見つけた小さな子よ、この世で、また会いたいな。
それまで、おやすみなさい。