(6)身守りっ子

 ユスラウメの、一本の枝から、ぶらり。
 空中に貼りついた、小さなゴミのように見えるだろう。

 こないだ、小さな子が、めざとくぼくを見つけた。

 好奇の目で見てきて、
「あの中はどうなってるの?」
 大きな人に、聞いていた。

 ぼくの中はどうなっているのか?
 哲学的な問題だ。
 小さな子は、いつも天才だと思う。

 それなのに、大きな人は「虫が入っているんだよ」としか教えない。
 ぼくだって、いろいろ考えて生きているのに。
 失礼な話だと思う。

 葉っぱを集めて、ぼくは身を守るみのをつくった。
 そしてこの中に巣ごもって、一冬を過ごす。

 外界の動きは、空気の震動でわかる。
 蜂は、天敵だ。鳥も怖い。

 あ、あの子が、大きな人から怒られている。
 ここは、あの大きな人の家の庭なのだ。

「出て来なさい、鍵を開けなさい!」
 あの子が、怒鳴られている。

 ぼくは、自分が怒られているように感じて、蓑の中で身をよじる。

 あっちの世界じゃ、ぼくのような存在は、おかしな存在になるんだな。

「閉じこもり」とか「引きこもり」とか。
 ぼくの立場はどうなるんだい。

 世界は危険なんだ。
 自分のことばかり考えている奴らばかりだよ。

 巻き添えを喰らわないために、あの子だって我が身を守っているんだろう。

 毒された世界に毒されないために、我が身を守っているんだろう。

 こんな世界に生きているだけで、大変なことだという事実に、なぜ大きな人は目をくれないのだろう。

 大きな人は、小さな子の将来を心配しているらしい。
 将来!
 誰が知れるというのだろう。

 それに、自分から心配しているくせに、まるで小さな子のせいにして心配している。

 自分のことしか考えない、典型的なタイプだな。
 あれじゃ、引きこもりたくもなるよ。

 ぼくだって、うまく羽化できるか知らないよ。
 この冬を越せるかどうかも分からない。

 こんな当たり前のことを、何を心配がって、不安になっているんだろう。

 ぼくは、ぼくの身を守る。
 それが、今できることの精一杯。

 来年の春、羽を広げて飛べたとしても、ぼくは「蛾」と呼ばれ、うとましがられるだろう。

 まったく、生きづらい世の中だよ。
 あの大きな人だって、「我」のかたまりのくせに。

 ぼくはぼくの運命でしか生きられない。
 まわりを見れば、みんな、自分の運命をつくって生きている。
 隣りのタイサンボクも、隣りの桜も。

 運が良かったら…… 悪かったら、かもしれないが…… 来春、ぼくは飛び立つよ。

 小さな子よ、しっかり、自分の身を守るんだよ。
 その時季が来たら、出ておいで。

 あの親だって、いつかあの世へ旅立つ。

 この運命の外には出られない。

 でも、自分の内からつくる運命がある。

 ぼくを見つけた小さな子よ、この世で、また会いたいな。

 それまで、おやすみなさい。