「ええ、殺しましたよ。殺しましたとも。だって、あの人、憎らしくて。
おかしな話じゃないですか。私、死にそうだったんです、あの人に心、奪われて。私が死ななければ、あの人を殺すしかなかった。
あの人が死ななければ、私が死ぬしかなかったのよ。どうして私が、生きているばっかりに、裁かれなければならないのですか？
これは、ふたりの世界の、ふたりの問題だったんです。どっちが悪いという話ではありません。なのに、どうして私だけが犯罪者になるのでしょう。
ええ、正当防衛ではありません。正当なんて、ふたりの世界にありません。常識も普通も、社会が作り上げた幻想です。私は、ふたりの現実に生きていたんです。
私たちは愛し合っていました。でも、憎み合ってもいました。心から、彼が離れなかった。愛憎って、ほんとに同じなんですね。
ところで、ここは地獄ですか？ あなたは、閻魔様ですか？ 裁判官さま、あなたはどうして私を罪人とするのですか？
ふたりの世界も知らないくせに、社会だとか人間としてだとか、うわべの言葉で飾らないで下さい。人を殺してはいけない理由を、明確に述べて下さい！
法律は、民のためのものでしょう？ 人を幸福にするためにできたものでしょう？ 権力を握った者ばかりに都合よく使われて、本末転倒もいいところだわ。
原点に、戻って下さい。こんな小さな島国で、一人一人の幸福に目も向けられないで、どうするんですか。私は、公に言えます、私たちは、愛し合っていました。
死んだ者は、もうどうでもいいでしょう。寺の坊主だって、生きている人の心のために葬式して、墓を作ってるんだ。生者優先です。たとえ私が殺されても、私は生きている殺人者を恨みませんよ。私たちふたりは、そういう関係だったんです。愛するも憎むも、同じなのに、愛するは善く、憎むのは悪ですか。
そんな古びたお決まりに捕われたあなたには、ずっと分からないわ…」
─── 裁判は長い。女は獄死した。何も変わらなかった。何も変わらないということだけが、変わらなかった。