ふたりは違っていた。ほんとうに違っていた。
ある冬、彼女が言った、「庭に、メジロがいたよ。ヒヨヒヨ鳴いて、可愛かった」
とっておきの笑顔だった。彼は、庭に出た。確かに鳥の鳴き声がした。
だが彼には、ヒヨヒヨでなく、ピチュピチュに聞こえた。
以前の彼なら、この恋人の笑顔、そして言うことに、心から賛同し、一緒に笑い合えただろう。
だが、今はもう、その笑顔を見ると腹が立った。
彼女の言うことが信じられなかったからだ。
(あれはヒヨヒヨじゃない。ピチュピチュだろう)彼は思った。
夏には、「このバスタオル、臭いよ。洗濯しよう」恋人は、顔をしかめて言った。
彼はそのタオルの匂いを嗅いだ。言うほど、臭くない。
彼は言った、「これは二、三日前におろしたんだ。臭くない。香りだよ。タオルの、元々の匂いだよ」
その他、諸々の感じ方が違った。
彼女は、平気で、机の上に、洗った下着を置いていた。
玄関で、サンダルがこっち向きになっていなくても構わなかった。
洗った皿やボウルの重ね方も、無頓着だった。
ドアストッパーが部屋の中に適当に置いてあっても、一向に気にしないようだった。
彼には、いちいちそれが気になった。
そしてサンダルをこちら向きに揃え、ドアストッパーを部屋の隅に置いた。
彼女の下着をたたみ、、洗った皿、ボウルをきちんと重ねた。
毎日、毎日。来る日も来る日も。
彼は、ホコリのように積もるストレスの発散に、恋人の肉体を求めた。
だが、それもこの頃は、拒否されがちだった。
一緒に暮らし始めた頃は、毎日のように、抱き合ったものなのに。
恋人は、それでも、何も変わらないようだった。
つまり、彼は彼・私は私、と、全てがそこから始まっているようだったのだ。
彼女はよく言った、「人は、一人一人、違うもの」
だが彼には、その違いが、我慢ならなかった。
ある日、彼は家出した。
彼女には、思い当たることがあった。
だが、はたして、その思い当たりが本当に当たっているのかどうか、わからなかった。
彼と私は違う。それが何だというのだろう。
そんな彼を、私は好きになったのだ。
そのうち帰って来るだろう、と思った。
そしていつものように、パートに行く身支度をした。