(2)ダンゴムシの会議

 ぶつぶつ、もごもご。ぶつぶつ、もごもご。声がする。

「困ったものだ。土がない」

「まったくそうだ。
 三丁目のヤマダさんちも、改築したら、灰褐色の固いものに地面を塗り替えてしまった。
 ふさふさした、良い土だったのに」

「おかげで、多くの仲間が失われた。
 いい奴らだった。
 集団見合いをして、うちの娘も、ヤマダさんのところへ嫁いだほどじゃ。
 もうすぐ孫が生まれると聞いたのに」

「土から生まれ、土に還るわれわれとしては、この先が思いやられる。どうしたものだろうか」

「あの塗り立てる者に、陳情ができたらいいのだが。申し入れる術がない」

「まったくだ。われわれは、いつも追いやられる身だ。しかも、追われる先さえなくなってきた」

「このままでは、絶えてしまう。われわれは、一揆を起こすべきではないか」

 そこへ、ペタペタとサンダルの音がした。

「や、あの女の子が来る。
 いつもわれわれを転がして、もてあそぶ子どもだ。
 また、われわれは転がされる…」

 幼児は、しゃがみ込むと、指先でダンゴムシをつつきはじめた。
 丸くなると、ころころ転がして遊んでいる。

「もしもし、お嬢さん。
 何が楽しくてこんなことするのかね」
 ダンゴムシの団長が訊いた。

「面白いんだもん。理由なんか知らない」
 幼児が答えた。

 おや! 会話が成立している!
 団長は、嬉しくなった。

「もしもし、Hello, Hello, 聞こえますか」
 副団長も、上を向いて幼児に言った。

 第五班の班長が、団長に耳打ちした。
「この種族には、シックス・センスを持つ者があるとか。
 映画にもなったそうです。
 特に子どもという種は、人形とも会話が可能だとか。
 確かなスジから、そう聞いたことがあります」

「救世主だ」
 団長が叫んだ。
「おお、あなたの仲間の、土を固いものに変える者に、どうか言って下さい。
 土を、そのままにしておいて下さい。
 固いもので、埋めないで下さい。
 われわれは、困っています。どうか、どうかお願いします」

 幼児は、きょとんとダンゴムシを見つめた。
 団長は、短い触覚を下げて、正座をして陳情を述べた。

「何言ってるか分からない」
 幼児が言った。
 幼児は、自分に関すること以外、関心がなかった。

「ご飯ですよー」
 声が家屋から聞こえ、幼児はまたペタペタと音を鳴らし、遠くへ行ってしまった。

「ああ…」
 団長たちは、落胆した。
「これが運命か。しかし、あの子と、一瞬でも、通じ合えた」

 数年後、幼児はおとなになった。
 嫁いだ先から帰省すると、貧乏な家が、傾きながらも立っていることを喜んだ。

 むかしのままの、小さな庭も、懐かしかった。

 夕暮れ時、「ご飯だよ」老母の声が聞こえた。
 すると、以前ここにいて、もごもご、もごもごと、小さなものが何か言っていたことを思い出した。

 たしか、ずいぶん困っている、窮状を訴える声だったような…。

 食卓を、老父母と囲む。
「もう、わしらも、この先長くない。
 この家、建て替えて、住まないか。
 お金、少しでも援助できればと思って、少しだけど貯めてある」

「そうだよ、ここに住みゃあいい。庭も駐車場にして」

 おとなになった幼児は、老母の最後の言葉に反応した。
「あそこを駐車場にしたら、困る人たちがいる。きっと、いる」

「何言ってるの。困る人なんかいないよ」

「いるわ、いるのよ」
 子は、反論した。
「わたし、聞いたことがあるのよ。
 ほんとに困って、どうか、どうか、このまま土を残してくれって。
 わたし、ちっちゃい時、ほんとうに困っている人の声を聞いたの」

「まあ、おまえの好きにすればいいけどさ」
 老父母は、子の意外な反応に、少し驚きながら言った。

 庭で、この会話を聞いていたダンゴムシ一団。
「ああ、あれが、大先祖から聞き伝わった、まぼろしの救世主か」

「おお、あの伝承はほんとうだったのか」
「いやあ、夢ではあるまいか」

 まさか、まさかの歓喜の声が、夕闇に響き渡った。

 おとなになった人間には聞こえない大合唱。
 今宵、かれらはこの報告、および今後の傾向と対策のための、入念な会議を開いた。

 それからまた、数年後。
 この家の庭に、小さな男の子が。
「おいおい、そんなにしないでおくれよ」
 転がされて、ダンゴムシは言った。

 傍らで団長が、「おい、不平を言うな。この子は、あの慈母の子ぞ」と、同胞をいさめた。

「そうそう。ありがたいことだ。おかげで、われわれはこうして生きていられる」
 仲間たちも、けたけたと笑った。
 だが、そしてそのまた数年後……