大宗師篇(十七)

 あるとき、顔回がんかいが孔子に「私にも、一つの進境がありました」と告げた。孔子が「それはどのようなことかね」と尋ねると、顔回は「私は仁義を忘れることができるようになりました」と答えた。すると、孔子は「わるくはないが、まだたいしたことではないね」と言った。

 他日、顔回はまた孔子に会い、「私にも、一つの進境がありました」と告げた。孔子が「それはどのようなことかね」と尋ねると、顔回は「私は礼節を忘れることができるようになりました」と答えた。すると孔子は「わるくはないが、まだたいしたことでないね」と言った。

 他日、顔回はまた孔子に会い、「私にも、一つの進境がありました」と告げた。孔子が「それはどんなことかね」と尋ねると、顔回は「私は坐忘ざぼうができるようになりました」と答えた。

 これを聞いた孔子は、思わず顔色をひきしめて尋ねた。「坐忘というのは、どういうことかね」

 顔回は答えた。「自分の身体や手足の存在を忘れ去り、目や耳の働きをなくし、形のある肉体を離れ、心の知を捨て去り、あらゆる差別を越えた大道に同化すること、これが坐忘です」

 これを聞いて、孔子は言った。「道と一体になれば、もはや好悪こうおの差別の心はなくなるし、変化のままに従うならば、一定のものだけを追い求める心もなくなる。お前は、やはりたいした人物であった。私も、お前について教えを乞わねばなるまい」

 ── 坐忘とは、座ったまま一切を忘れるというもので、このお話は「坐忘問答」として有名であるという。しかし無為自然を唱えた荘子が、座禅のような修行をヨシとしたかは甚だ疑問で、これはただ「いっさいを忘れる」=「道」ということが言いたいがための、象徴的な表現ではないか、とは森さんの見方。

 荘子は気楽だ。あれをせい、これをせい、こうあれ、斯くあるべきだ、等々のことは言わない。異形の者、常人と異なる者が現われても、ユーモラスに描かれたのは「絶対無差別」の見地の象徴だったろう。この無差別の思想は、意思ではない。世界をよくよく見れば、万物がそのように成り立っている、というまでのことだ。

 要するに「すべては道につながっている」ということ、この事実を表わすための、ぜんぶが象徴であり、またこの書物がその象徴ですべて埋められている、と言ってしまえる。

 かの孔子も登場人物の一人にすぎないし、荘子も実在したにかかわらず、その実体をもたない。

 この世で、われわれが体験するすべてのことは、このような象徴、象形された文字のごとき存在のように思えなくもない、そう考えると。コロナも戦争も。日常の些細事も。