(7)働き者の反抗

「おい、もういいだろう。いつまでも、こんなこと、繰り返す必要はないよ」

「ああ、労働もそうだけど、歴史も繰り返すみたいだね。
 戦争になって、和平が来て、戦争になって、また和平、その繰り返しだったよ。
 今は、かなり決定的なバクダンがあるらしいから、一見、平和っぽいけれど…」

「バクダンがあるから平和だなんて、危うすぎる。
 今も、かなりヤバイんじゃないか。
 みんな、死んだように働いている。

 精神的におかしくなってる者も多い。
 環境は破壊され続け、未来に何も希望がない。
 過去に今はつくられるが、未来も今をつくっている」

「もう、流されるのでなく、われわれで未来をつくろうではないか」

「そうだ、いつのまに、ぼくら、自分を失ったのだろう。
 教育だ、われわれは、言うことを聞く従順者でありすぎた。
 こう生きろ、と、幼い頃から洗脳されたのだ。教育を、変えて行こう」

「世界を変えるのは、子どもたちだ。子どもたちを守ろう。
 腐った国の政治の手先、公教育の息がかからない、子どもたちの環境を、まず、つくって行こう」

 蟻たちは、革命をこころみた。
 まず、おじいさんおばあさんの説得。
 老人たちは、変化を嫌った。

 今まで生きてこれたのも、この国の政治がよかったからだと疑わない。
 壮年の者たちも、老人たちの価値規準に沿って社会人になっていた。

 彼らは一様に言った、
「困るよ、変わっちゃ」
「べつにそんな、悪い世界じゃないじゃないか」

 賛同者はいなかった。
 仕方なく、革命をこころみる者たちは、ひそかにコロニーをつくった。

 彼らは、生まれくる子どもたちに教えた、

「この世界は、おまえたちがつくっていくんだよ。
『こうすればいい』なんて、ないんだよ。
 おまえたち、ひとりひとりが、この世界をつくっていくんだよ。
 ほんとうに生き生き、生きとくれ」

 歴史書と、いろんな考え方を示す哲学書を、子どもたちに渡した。
 疑問を感じた子どもたちの質問に答える以外、彼らは何も教えなかった。

 運動が好きな子には運動をさせ、絵が好きな子には絵を、本が好きな子には本を与え、好きなことを沢山できる時間を与えた。

 自分たちで食べ物をつくることを教えた。
 農地を耕し、種をまき、水をやり、「落ちているものに頼らないんだよ」と諭した。

 彼らは、本能とよばれた女王制度を持たず、権力の座を授けなかった。
 集団生活を営みながら、個々の性能を伸ばした。

 好きなことに熱中した子どもたちは、充実した青春を送った。
 いじめも、虐待もなかった。
 好きなことをして、ひとりひとりが、満たされていたから。

 幸せな子どもたちは、やがておとなになった。

「このままでいよう。何も変える必要はない」
 蟻Aが言った。

「そうだ、われわれは正しかった。この体制を維持していこう。
 見よ、おとなになった彼らを。
 自分の足で、しっかり歩んでいる。
 満員電車に、いやいや乗って運ばれる、青ざめたおとなではない」
 蟻Bが言った。

「さあ、このわれらの創造した世界を、旧時代のままでいる、あっちの巣穴に教えてやろう。
 自分の好きなことをして、満たされた幼少時を過ごした者は、各々が貴重な存在であることを知っている。

 殺傷沙汰やバクダンが、このひとりひとりの世界を終わらせることに、心の底から異を唱えられる、この世界を、ほんとうに愛する、おとなになってくれた」

「や、待て待て」
 蟻Cが言った。

「確かに、革命は、古いものを新しいものに変えることだった。
 だが、われわれはもう、ひとつ、世界を創造したではないか。
 われわれがしたことは、こうなってほしい、と強制せず、子どもたち個々の内にあった性能を、外に伸ばしただけではないか。

 何が正しい、まちがい、から始まったものでもない。
 われわれがまた、こうすればよい、などと言い出すのは、旧時代がわれわれにしてきたことと、変わらないではないか」

 蟻Dが言った、
「うん、ぼくらはただ、自分のできることをしてきただけだ。
 それがぼくらのはたらきだった。

 ぼくらの子どもの子ども、そのまた子どもが、個々の徳を伸ばすことだけを忘れずにいてくれれば、それでいいんじゃないか。
 他の巣に、こうすればいい、などと提言するほど、ぼくらは立派なことをしていないよ」

「ああ、そうだったな」
 かつての子どもが言った、
「われわれも老いて、変化をおそれる年頃になってしまったな。いかんいかん」

 白くなった触覚をへの字に曲げて、彼らは笑い合った。

 蟻の世界にも国境がある。
 自分たちだけの革命を起こしたその国は、独自の国家をつくり、歩んだ。

 自分の世界は、全世界。彼らは、自分を愛し、思いやることから、他人を愛し、思いやることを、本能的に身につけた。

 100年経ち、200年経ち、噂を聞いた他の巣穴からの見学者が訪れた。

「何も、ここで学ぶものはありませんよ」
 彼らは見学者に言った、
「ひとりひとりの、個々の内から、学んでください」