人間世篇(十四)

 匠石しょうせきは家に帰った。すると櫟社れきしゃの大木が夢の中に現われて、告げた。

「お前は、わしを一体何に比べようとするつもりかね。わしを役に立つ美しい木に比べようとでもするつもりか。

 それなら言ってやろう。すべてこぼけなしたちばなゆず、さてはうりの類に至るまで、その実が熟すと、もぎとられてはずかしめを受ける。

 しまいには大枝を折られ、小枝は引きちぎられる始末だ。これらはすべて、なまじっか役に立つ能力を持っているために、自分の生命を苦しめるものなのだ。

 だからこそ、天寿を終えないで途中で若死にし、世間の俗人どもに打ちのめされることにもなる。世間の万事、すべてこれと同じだ。

 それに、わしは久しい前から、ものの役に立たなくなることを念願としてきたのだが、死に近づいた今、やっと叶えられて、大用── つまり無用の存在となることができたのだよ。

 もし、わしが有用だったとしたら、このように大きくなれなかったに違いない。

 その上、お前とわしとは、物であることに変わりがない。わしだけを物扱いすることは、やめてもらいたい。お前のような死にぞこないの散人ろくでなしに、散木さんぼくのわしのことが分かってたまるものか」

 匠石は目がさめてから、その夢の意味を思案していた。すると、弟子が問いかけた。

「もし、みずから進んで無用の存在になりたいと願うのであれば、またどうして社の神木などになったのでしょうか」

「これ、静かにしろ。めったなことを言ってはならぬ。あの大木は、ただ神木の姿を借りているまでのことだ。あれが神木になっているのは、世間のわからず屋どもが、わいわいと悪口をいうのがうるさいと思ったからだよ。

 べつに神木にならなくても、人間に切り倒される心配があるわけでない。それに、あの大木の心境は、俗物どもとは、まるっきり違う。それなのに世間なみの道理から推して、あの大木が神木になることを名誉としているなどと思うなら、それはとんだ見当違いだよ」

 ── どこかピンとこないところもあるが、それ以上に荘子の言いたいことが伝わってくる気がする。有用の害、無用の益、とでも言おうか。

 生命を大切にするって、こういうことなんじゃないか、と思ったりもする。漠然と。

 大きいんだよなあ、荘子はやっぱり。