「きみが求めていたものは、この世になかったんだよ」
「それはうすうす分かってたけどね…」
「分かってるだけじゃダメだよ」
「うん」
「分かったことを、生かしていくことなんだ。でないと、ほんとうに分かっていることにはならない… 生かされている君が、君の生活の中で生かしていくことなんだ、それが分かっている、ってことなんだ」
「分かったって何にもならないよ。どうせ死ぬんだ」
「死ぬってのがどういうことかも分かっていないくせに」
「あなたも分かってないでしょ」
── 無意味な会話を繰り返す。意味のある話を、ぼくらはしたことがない。
意味って何? 彼女は訊くだろう。ないね。ぼくは答えるだろう。あるとしたら、お互いに最も興味のある話題で、心底からそれについて語り合えることだ。ぼくらにはそれがない。お互いに、共通する関心事がない。自分にしか関心がないんだ、二人して。
お互い、好き合っていた頃はそれでよかった。それぞれの自分に、それぞれが関心を持てた。もうそんな気持ちも冷めてしまった。
別れは、心が離れ合うのは、不意に来る。いつもそうだ。出逢いが不意に来たのと同じだ。
ぼくらは、変わっていない。彼女は彼女のままで、ぼくはぼくのままだ。それなのに、一体何が変わったんだろう? 二人が変わった。一人一人は変わっていないのに、二人が変わったんだ。二人は何だったんだろう? 二人の、何が変わったんだろう。
── 何も変わっていないよ。彼女は言うだろう。あなたもわたしも変わっていない。いいじゃない、それで、と。
その彼女にぼくが同意したら? しなかったら? それで、またぼくらの関係は変わっていくんだろうか。変わる、変わらないというのは、一体どういうことなんだろう。
── 意志だよ。彼女は言うだろう。言わないまでも、そう考えているだろう。わたしは別れるつもりはない。あなたがどうしようと、それはあなたが決めること、と。
そうか。それでこんな、いろんなことを考えられているわけか。
何も分かってないんだな。これじゃ生かせるわけもない。ぼくが思う。
そうだよ、どうでもいいことなんだよ、分かろうが分かるまいが。彼女が思う。
二人、同一人物なのに、出逢って別れて、離れて、くっつく。何も、別のひとである必要もなかったね。
そうして生活が繰り返す。何もなかったように繰り返す。