エッセイ本のこと

 エッセイといえば、伊集院静が好きだった。
 週刊文春に連載されていた「二日酔い主義」をまとめた文庫本。
 一日家に帰らないと言い訳を考え、二日目は怖くて帰れなくなり、三日目には「よし、離婚してやろうじゃないか」と開き直ってとうとう帰るという、どうしようもない生活が淡々と書かれてあったりする。
 そうとうの酒飲みで、また競輪が大好きで、そうとうの額を負けていたらしい。

 下田治美の「ぼくんち熱血母主家庭」(講談社文庫)、エッセイではないが自伝的小説「愛を乞うひと」(角川文庫)も面白かった。
 母主家庭とは、母子家庭なのだけど、文字通り母としての主導権を圧倒的に振るい、ひとり息子のリュウ君を育てて行く物語。
「愛を…」は映画にもなったはず。

 大石静の「わたしってブスだったの?」(文春文庫)も、その内容が、おお、オレもそう感じていたんだよ!と共感するところも多く、楽しめた。
 池田晶子の「人間自身」も面白かった。
 
 しかし、今はもっぱらモンテーニュである。
 関根秀雄訳の全集の「エセー」をもうすぐ読み終える。
 哲学的な要素が少なくないけれど、モンテーニュはとても緩く感じる。
 キャベツとレタスの判別もつかず、算数の計算もおぼつかないという人だったが、四百年以上経過した今も読まれている(と信じたい)。

 この思想家は、
 ── 学問は、自分の内にある。
 とか、
 ── 本を読むのは健康に悪い。
 とか、嬉しいことを言ってくれる。
 なにより、モンテーニュの座右の銘は、「健康第一」であった。
 これほど率直で、生きるために肝心な言葉はないと真剣に思う。
 いまや、私の目標のような人である。

 椎名麟三のエッセイからは「絶望の中に希望がある」ことを教えられたし、大江健三郎からは言葉の威力を教わった気がする。
 このふたりの本が、家の本棚で一番幅を利かせている。
 漱石の「文鳥」も、ああ、随筆っていいなあ、と感じさせてくれたと思う。

 ラインやツイッター、そういったものから脱落してる僕には、文字から「書き手」をとても親近に感じるのが、エッセイというもの。
 小説も、作者の自己投影であるのだろうけれど…