おとしもの

 品のない話だが、切実な問題なのである。
 以前、一緒に暮らしていた恋人が、部屋のフローリングの床に一片のそれを見つけたのだ。何だろう、と思って手に取ると、その感触であったという。確認のために、彼女はその匂いを嗅いでもみた。そしてそれはそれ以外の何物でもない、それそのものであると確信するに至った。
 彼女は腹を抱え、涙ぐみながら私を見つめ、笑い出した。
「ミッちゃん、ミッちゃん…」
 えっ?
「これ…これ…」ヒーヒー喘ぎながら笑い続ける彼女は、「最初はフクのかと思った」と言う。当時われわれは、フクという猫を飼っていたのだ。だが、フクはそんな粗相をしない。彼女も、そんな落とし物をしない。犯人は必然と私になった。

 これが私の「失敗」の初体験である。一体、何故それがトイレ以外の場所に落ちなければならなかったのか。全く見当がつかなかった。
 それから15年余り経って、再びそれは落ちていた。発見者は、現在一緒に住んでいる恋人である。居間の、カーペットの上に、やはり落ちていたらしい。
 そしてやはり彼女はそれを手に取った。その感触に何かを感じ、やはり匂いを嗅いだ。そして心から笑いながら、私にその事実を告げるのだった。
 ハァハァ喘ぎながら、「ちゃんとふいてる?」彼女が私に問う。
「もちろん…でも、なんで落ちるんだ?」私は自分に反問する。ほんとうに、わからない。

 理解できないというのは、恐ろしいことだ。
 実は、今朝も、今こうしてこれを書いている今この時、恋人が私の部屋の襖を開けた。人差し指の上に、それが乗っている。
「どこにあった?」
「玄関…」
 そして恋人は堪え切れないように笑い出した。
 …以前、彼女に私の肛門を調べてもらったことがある。それによると、私の肛門は2つあるらしい。
「2つもあるわけないだろう」
「だって、あるよ、あるよ」
 だが、彼女の調査によると、「1つは機能していない」という。「きっと、なりそこねたんだ。カムフラージュみたいになっている」という結論に至った。

 しかし、私は本心から恐怖している。この世で唯一孤独になれる場所・トイレから離れたリビングや玄関、いわば人間が共有する場所に、水に流されるべきものが厳然と存在してしまう事実、現実に。
 しかもそれは、いつ、どこに落ちるのか解らない。その落とし主本人でさえも。
 斯くして私と恋人は、奇妙な、しかし避けられない緊張感をもって、日常を暮らすことになる。このショックが冷めやらぬうちは、床に落ちているどんな小さなものに最大の注意を払う。
「地雷だね」恋人が笑う。
 心臓がドキドキする。
 かなしい。