絶望に寄り添うものは絶望である。
それはわかった、とっくにわかっている。
ただそこに止まっているわけにいかない。
その絶望を絶望するのは誰でもない、自己自身であることもわかっている。
自己と自己との関係だ、絶望する自己と絶望する自己との関係だ。
その自己と自己との関係の媒介── その関係を断絶するものに、今や溢れすぎている!
これでもかというほどに細分化された《精神》の病、病名、薬、それをあてがう心療内科、カウンセラー、自己承認、正当化のための投稿、etc、etc…
眠れない夜は睡眠薬、催眠薬、悩み事には《プロ》の医療! 自分で考える大切な時間が奪われる、そりゃ苦しい時間だ、でもその時間が大切なんだ、大事な、掛け替えのない時間なんだ。
友達なんか信じられない、お金を払って(この行為がどんな精神作用を及ぼしているか?)相談しに行く。友達をいなくさせているのは誰だ?
絶望は大切な時間だ、何度も繰り返す、何度でも言おう、絶望は大切な時間だ、苦しむことは大切な時間なんだ。
誤魔化してはいけない、自分との関係で自分をはぐらかし、ごまかして、嘘をついてどうする? 自分に嘘をつく── これほどの欺瞞があるか? 自分で詐欺師を雇うようなものだ、自分の中に!
そんなところから「世」がつくられていく、創出されていく。個から集が、この世の世界が!
ほんとうの人間は苦しむんだ、ほんとうであればあるほど!
そっからほんとうに笑えるんだ、敢えて言えば。つくり笑いでなく。
欺瞞、自己欺瞞をこそ諸悪の根源とする、ぞろぞろ、蛆虫のように、そっから涌き出すんだ、個人、一人から、集団、社会へ!
欺瞞欺瞞欺瞞、欺瞞をこそ消し去れ、いや、絶望を大切にせよ、《治療》にはその原因を、絶望の根源を、よく、よく見つめることだ… 借り物の目は要らない、自己の目で、自己の目で! なぜなら自己をほんとうに見つめることは自己の目しかないからだ… 他者の目なんてキリがない、あったとしてもきっかけ以上にはならない! せいぜい自分に都合のいい意見を取り入れるのが関の山! 自己をよく見つめればそれはある、すでに!
苦しむことがほんとうの人間に、つまり自己になることだ。
苦を美化するわけじゃない、そうなってんだ、生きるってことは、この世にいるってことは、苦しいことになってんだ、すでに!
どうということはない、苦しいことなんて。苦から逃げようとすることは、人間でなくなるようなもんだ。
ところが、逃げようとするばかり! 幸せになるために生まれたんだ、生きるんだと、間違った方へ間違った方へ、何千年もヒトはそうして来た──
苦しいもんなんだ、苦しむために生きてんだよ、ほんとうは。
そっから始めてみりゃあ… 苦なんて何てこともない! ところが苦が苦でなくなったら、苦でなくなってしまう。
大丈夫! いつだってヒトは苦を探す! 苦を自分からつくって来たんだから。飽きもせず、こりもせず、何千年も。絶望万歳!