風呂屋の息子の嘆き

 お前は何のために生きてんだ? 目的もなくつくられたモノよ! 朝のゴミ出しのためか? メシをつくるためか?
 えっ、 家を継ぐために生まれた? フロ屋の? ああ、それが私の生まれた目的だったのか! なんだ、知らなかった… 知らなきゃよかった…
 迷っていたかったんだよ。自分のやるべきことなんて、知らずにいたかったんだよ… だって人間って、そういうもんだろ、目的を持たずに産み落とされた、使途不明の生命体だろう? 万人、漏れなく!
 お前はこのために生きよ! はい! かしこまりました! って承知して生まれてきたわけじゃない… 何のために生まれてきたのか分かりゃしない、路頭に迷うプラトニックホームレスだ、万人、漏れなく!
 だから自由なんだって? どう生きようが、何をしようが、自分で決められるんだって? 俺のオヤジはフロ屋を継いでほしいだろうよ… 三代目だ… まぁ俺も慣れてるし… 客も来るし… 食いっぱぐれるこたぁない…

 それにしても理不尽だ、なんで俺はフロ屋の運命なんだ? まわりを見りゃあ、みんな楽しそうだ… ネクタイ締めて、桜の花びらの下で人生の門出だ! ピッカピカだ、初々しい… 俺は生まれ育ったフロ屋で、死ぬまでフロ屋だ…
 なぁ、人間て、目的もなくつくられたんだろう? ならば迷うのが当たり前じゃないか… 迷うために生きてるようなもんじゃないか… としたら、俺なんか人間じゃないじゃないか… もう決まっちまってんだぜ、やるべきことが!
 ああ、俺ぁ人間になりてえよ… どうやって生きてきゃいいのか、悩みてえよ… それこそ人間ってもんなんだろ? それが人間の原初の、人間ってやつの本来の姿なんだろ?
 だからそらぞらしくなるんだ… 目的もなくつくられたのに、さも目的があるかのように生きるから!
 みんなそうだ… だから平気で嘘を言えるんだ… 原点に逆らって、取り繕ってばかりいて… 原本を忘れ、コピーだけ取って…
 おっと、客だ… へい、いらっしゃい!