(8)ピュロンとサンジャヤ

 インドの宗教家、サンジャヤは「判断中止」の考え方を説いた。
「この世に確かなものなど、ひとつもないのだから、何が嘘だとか真だとか、そんなことで思い悩むのはやめよう」とでもいうような、「判断中止」。

 老荘やブッダは、思い悩む以前の「考えることをしない」無我の方向を示したけれど、サンジャヤは、思考まで中止することを説かなかった。
 考えることは仕方ないとする。ただ、白か黒かの判別をつけない。自分が存在しているかということさえ、判断しない。疑いを、疑いのままでヨシとする、と換言できる。
「何が真実か分からない」、生きることについての真剣な懊悩を抱えた2500年前の人たちには、この「判断中止」はかなり有効な考え方ではなかったか。

 ギリシャのピュロンも、サンジャヤと同じ「判断中止」を唱えた哲学者だった。この人は判断を中止したために、崖から落ちて死んでしまったといわれている。
 戻る判断をしなかったために、そのまま歩いてしまったのだ。

 これは判断を中止した者は生きて行けないという、皮肉の作り話ともいわれているが、「その先」、ブッダの「涅槃」や老荘思想の「道」のように、今も大きく残っていた思想だったかもしれない。
 だが、やはり「判断中止」は、そこで止まり、止まったままでいてしまうものだった。

「判断中止」は、言葉も心も、何も信じられない苦しい状態に陥った場合、しかし有効だと思える。
 ピュロンは、判断を中止して、思い迷うこともなくなって、ずいぶん楽になったそうである。苦しかったピュロンが、救われただけでも、ぼくは嬉しい。

 もともと、西洋には、ブッダや老荘のような「無」の考えはなかった。だが、アレキサンドロスの遠征に同行した哲学者が、インドの修行者たちを目の当たりにし、そこから「無」の思想を知ったのではないかという説がある。
 サンジャヤ信者の生き残りから「判断中止思想」を見聞した哲学者によって、ピュロンはその考え方を知り、救われた一人だったかもしれない。

 荘子の生きていた時代も、多くの思想家たちが「諸子百家」として名を連ね、各々が「これが真実だ」と言い張っていた。だが荘子は、インドにおけるブッダと同じようなスタンスをとった。
 すなわち「真理は、相手を批判したり論破することで証明する相対的なものではない」として、まったく議論に加わらなかったのだ。

 哲学・宗教は、人が苦しまないためにある。人が苦しむ根本には、必ず死がある。病気、貧困、老い、心の傷などは、すべて死に繋がる土台になる。そして死は、絶対的に避けられない。
 考える性能を持った人間の知恵は、苦しむ心を、和らげて緩めることである。
 一方的な堅牢な見方をやめて、さまざまな角度から物事を見、空き地のような手つかずの更地を、自分の心につくることである。

 生きていること、それだけで大変なことなんだから、それ以上大変になる必要はない。
 遅かれ早かれ、やって来る死を、快く迎え入れられるよう、生きましょう── そのための精神的な手立てを学ぶのが、哲学・宗教であると思う。

 ただ、宗教は、信心を強制してくるのが常なので、ただでさえ無力な自分が、さらに抜け殻化しそうで、私は怖い。
 自分でよく考えることのできる、哲学が好きだ。
 モンテーニュは、「よく死ぬために学ぶのが、哲学である」という。これはとても素敵な考えで、「よく死ぬためには、よく生きなければならない」と、「よく死ぬ」と書かれてひらひら落ちる言の葉の、裏がチラリ見えた時、そう言っていると思う。

 自殺するのは全く自由だが、死は向こうからやって来る。
「こちらから働きかけられるのは、生きている今のうちだけ。しかも、その対象は、あなたの身体と心に対してだけ。なぜなら、そこから『世界』が始まっているのだから」
 と、生きることについて考え、苦しんだ思索家たちは、文字で埋め尽くした紙面の裏で、文字以上に雄弁に語っている気がする。