(8)結婚当初

 ただの、出逢いである。
 私はただの男で、彼女はただの女だった。
 三つの「ただの」が合致して、何となく好意を持ち合い、寄り添って歩き、生活を営み始めたというだけの話である。

 好意を持ち合い? 怪しいものである。
 私は、自信がない。女なら、誰でもよかったおそれもあるからだ。
 いや、率直にいおう。彼女でなければ、ならなかった。

 女なら誰でもよかったとしても、その女が私に好意を持たなければ、まず一緒に暮らすなど、不可能であった。
 そしてそれほどの好意を持たれるということは、不可能よりもさらに、想像し難いことに思われる。

 私には、女のことはよく分からない。ただ「感じる」だけである。
 話をしていて、何かズレているな、と感じる女とは、おそらく恋愛にまで発展しない。
 そして相手も、そのズレを同じように感じるものだろう。

 私は好色だから、その点の不一致については、敏感に察せるつもりだ。
「あ、この女とはムリだな」と分かれば、もうそれ以上は望まない。
 つまり私の恋愛の仕方は、あまり主体性がない。あくまでも相手次第なのである。
 または、相手と自分の間に流れる空気感。それによって、私の相手への言動が決せられる。

 肉体だけの関係もアリだろう。だが、それはあまりに虚しい。
 肉体は、ただの肉だけであることを痛感するからだ。たとえどんなに「愛している」と言われても、足りない。
 哀しくなる一方だ。そしてそのような肉欲に溺れたくなる自分に嫌悪を覚え、せっかくの肉体関係のみの相手にも、さしたる好意が抱けなくなる。

 だが、相手があまりに理性的・理知的で、性の行為に無関心である場合、そのような牙城を崩すべく、性行為をしたくなる。
 私の中の理性のぶんを、彼女が補っているように思われ、安心して私は欲望の虜になれるからだ。

「若い女と男が一緒に暮らせば、やることは一つよ」そう言う彼女に、私も微笑んで、毎晩抱き合ったものだった。
 理性に偏るでもなく、本能一辺倒になるでもなく、文武両道ともいえる行為であった。
 その萌芽は、それまで重ねた逢瀬の時間の中に、すでにあった。

「ちょうどよい」相手であることは、一緒にご飯を食べたり、遊園地で遊んだり、ふたりで町を歩く中で、おたがいに感じ合っていたのだと思う。
「多くの言葉を必要としない」が、彼女が私を好いてくれた要因であったようだった。

 私が彼女を好きになったのは、その「生きよう」とする姿勢であった。
 彼女も私も、内面的な不良であったから、周囲にそれなりの迷惑をかけているところで一致していた。
 そこでよく私は「死にたい」と思ったものだが、彼女にはそれがなかった。

「どうにかして、理解させたい。親の思う幸せと、私の幸せは違うということを、親に分かってほしかった」と彼女は言う。
 強い、と私は思った。
 この女となら、一緒にやっていけると思った。

 ズレ、は、誰との間にも生じることである。
 だが、彼女とは、そのズレを飛び越えていけた。あるいは、笑って許容できた。
 そんなふたりであったから、まるで当然のように一つ屋根の下、暮らし始めることができたのだ。

 今でもふたり、笑って話すのは、その初夜、神妙にふたりで布団を敷いていたことである。
 まじめくさって、布団を敷いた後の展開に緊張しながら、それぞれの布団を並べて敷いた。

 考えてみれば、「愛しているよ」「わたしもよ」といった、口契約的なものは、皆無であったように思われる。
 全く川の流れ、自然な成り行きとして、彼女と私はそうなっていったのだ。