(1)パチンコ・デビュー

 そこは、唯一の僕の居場所だった。大学は行きたくなかったし、バイトもしたくなかった。親のいる家にも居づらかった。
 友達と一緒に、初めて行った。夏休みで、ぶらぶら町を歩き、汗だくになりながら、駅前の店に入った。

 僕らは、退屈していた。何をすればいいのか、わからなかった。
 一度くらい、してみても、いいんじゃないか。そんな軽い気持ちだった。

 客もまばらで、私はドキドキしながら、1万円札を両替機で千円札と500円硬貨に両替して、店内を歩き、座った。
 友達は、べつのシマに座って、打ち始めたようだった、彼も、初めての体験だったはずだ。

 打ち始めると、何やらハネが開き、玉を拾い、「V」という穴に入った。
「当たり」だった。ハネが開き、閉じを繰り返し、開いている間に、そこに玉を入れると、ジャラジャラと下皿に玉が出てきた。

 細長い、MDケースのような箱がすぐ一杯になった。店員を呼ぶボタンが台の上にあったが、呼ぶ勇気はなかった。
 空いている隣りの台の空き箱を引き寄せ、玉を入れた。

 大当たりの時間が終わっても。そのまま打ち続けた。「お金に代える」のが、何か悪いことをする気がした。
 その仕方も知らなかった。
 せっかく2箱出た玉がなくなっていくと、ホッとした。

 意外と簡単に当たるんだなぁ、と思った。そして当たった時の快感を知った。
 さらに集中して玉を打っていると、ふだん抱いている不安や心配が薄らいで、「今この瞬間だけ」に生きているような気がした。

 友達も、「負けた」ようだった。
 だが、僕らは満足して店を出た。僕らの目的は、どこまでも時間をつぶすことだったからだ。

 今自分のするべきことは、こんなことじゃない。それはわかっていた。
 でも、じゃあ何をするべきなのか。やるべきこと・・・・・・がわからなかった。
 大学の後期授業が始まっても、僕は通う気がしなかった。
 自分のやるべきことが何なのか、わからなかった。

 大学なんて、つまらないものだった。適当にやれば、誰でも卒業できる。
「卒業」。未来を人質にして、就職し、生きていく。ああ、そんなのはいやだ。

 お金がなくては、生きていけない。そう、そのために、いやいや働き、あっというまに死んでいくんだ。
 そんな人生はいやだ。そんな、想像できる未来はいやだ。
 じゃ、今どうする? これから、どうやって生きていく?…

 やりたいこと。
 金稼ぎ。生きることは金稼ぎ。
 やるべきことはない。やりたいことをやろう。
 玉を打って、当たればいいんだ。
 気持ち良かったな、ジャラジャラ玉が出て。
 今度は、お金に換えてやろう。
 

 朝、「行ってきます」と親に言い、僕は家を出た。
 2駅目で降り、ドトールコーヒーで時間をつぶし、10時になるのを待った。
 開店の5分ほど前に行くと、4、50人もの行列ができていた。

 灰色のオーラを帯びた中年の男達が多かったが、若いカップルや金髪のお姉さん、普通そうな若者、婦人、お爺さんお婆さんも並んでいた。

 僕は、何となくその列に加わるのが恥ずかしく、他人のふりをして離れた場所に立ち、タバコを吸っていた。
(オレは、こんな所で何をしているんだろう。何のために生きているんだろう)

 店の自動ドアが開き、人々が中へ吸い込まれて行くのが見えた。
「いらっしゃいませ!」店員の声が威勢良く聞こえる。
 開店時の店内には、景気のいい、F1レース番組のテーマソングが大音量で流れていた。

 さあ、どの台に座ろうか…
 そこは、夢の島のようだった。
 宝── お金が、あちこちに埋まっている。
 誰でも、その宝を当てることができる。

 こないだやった、「ハネもの」コーナーに僕は吸い寄せられた。
 当てられなければ、こんなことをしている自分への罰だ。そう思いながら、気持ちはうきうき、弾んでいた。