人間にも発情期がある。
ただ、動物のそれとの違いは、四季に影響されるのでなく、人間の個体一つ一つが、その時期を持っているということ。
タイミング、頃合い、時と場合。個体によって、差異があるということ。
世の男の多くは、女を性的な対象として見ている。
それは、その目線で、日頃から感じるところのものだ。
女も女で、性的なアッピールを意図的にしないこともない。
そういう者もある。
美麗な衣装を着飾って、アッラーの国から見ればトンでもないいでたちをして、町行く者も少なくない。
それも個体差だ。
それに群がって、よだれをたらさんばかりに目尻を下げている男たちも、少なくない。
だが、世の男たちよ、聞くがいい。
女は誰もが、性的なことを、どんなに好きな相手に対しても、それだけを望んではいないことを。
よろしいか。
何も性的な行為をするだけが、愛ではない。これを誤解、曲解すると、ろくなことにはならないぞ。
この言葉、そのまま受け取ってほしい。
繰り返そう。性的な行為、対象だけを、相手に求めてはならないぞ。
実際、わたしのまわりにも、まさに色眼鏡、しかもピンクの色眼鏡で、女をこのように見ている者が多い。
彼らの脳内は、えてしてこう語っている、
「みんな、好きなはずだ。好きに違いない。いや、好きに決まってる」
それを思い込みというのだ。そのような女もある。が、そうでない女もある。
わたしは、後者のものだ。
時と場合によって、前者にもなる。だが、その時はきわめて少ない。
常に発情しているような者と比べてしまえば…。
かつて付き合っていた男が、まさに性欲の権化のようなものだった。
女と見れば、もう見る箇所は決まっていた。
マンガの目線、あの ………→ の矢印のように。
しかも彼は目が細く、あるのかないのか分からない小さな目だったから、気づかれぬと思い込んで、道行く女性をなめまわすように見ていたものだった。
だが、男子諸君、このような邪悪な目で、よこしまな心で女を見る者は、やがて自分で自分を苦しめることになる。
誓ってもいい、それは災厄をあなたにもたらす。
まったく、わたしがかつて付き合った男がいい例なのだ。
彼は、きわめて旺盛な性欲の持ち主で、当然のようにそれをわたしに求めてきた。
冗談ではない。こちらにだって、おまえが欲するように、欲するものがあるのだ。
ただ、その対象、求めるものが違う時と場合がある、ここを見間違わないでもらいたい。
「自分がそうだから、おまえもそうだろう」とは、けっしてならない。都合のいい自己解釈はやめてほしい。
白鳥の湖だからといって、みんなが白鳥だとは限らない。
自分色に染めてやるとばかりに、妄想を抱くのはたいがいにしてほしい。
よく、よく見てほしい。
わたしを見るのではない。わたしを見る、おまえ自身を見てほしい。
よからぬ動きをおまえの心が示したならば、その芽を摘まんでくれ。
心、心と、心を美化しては、いけない。
その心が、妙な挙動をおまえに命ずるのだから。
その時、おまえは心に支配された哀れな獣になる。
欲の使い道を間違うな。
欲心の奴隷にならず、欲心の支配者であるものは、まだ猿回しの師になれる。
逆の場合、おまえは回される猿になる。
いい男だったよ、わたしがつきあった、かつての恋人は。
優しく、わたしが自転車でコケて骨折した時は、親身に介護をしてくれた。
病院の看護士も、うらやむほどだった。
まじめで、甲斐甲斐しく働き、掃除も洗濯もお手のもの。
わたし達は、素晴らしい時を過ごした。
ところが、性への要求の不一致!
わたしの求めと相手の求め、この性に対する向き合い方が違ったばかりに、たったそれだけ、この一点だけのために、別れてしまった。
この一点を除いては、まったく非の打ち所のない関係だったのに。
たった一点のシミが、素晴らしい絵画を台無しにしてしまった。
世の健康な男子諸君、気をつけるように!
歴史は夜つくられる。タイミング、感じ。インスピレーション。
女は、性の奴隷ではないのだ。ましてや、はけ口ではない。
それを、愛の体現と勘違いしないでくれたまえよ、くれぐれも。わたしは、念を押したい。
一事が万事、万時は時と場合に依る。
それが微妙な心理的要素を含む場合は、特にそうだ。
よろしいか、愛は、受け容れること、そして受け容れ合うこと。
一方的なものは、その余地を持たない。
わたしがこう言うことで、一方的になっているって?
残念なことに、わたしは彼を奴隷化したことがない。
わたしが彼を、わたしの言いなりに、「我に従え」と、肉体をそれほどに強要し、「誰もが皆こうしている」と、個を衆俗化したことがない。
おお、おまえはおまえの幻想、妄想に囚われすぎたのだ、かつての恋人よ。
特に夜、いや、ただの夜、この一点の時、これだけのために。
たった一片の、彼の過剰な愛欲のために、わたしと彼の蜜月は終わった。
その後、どうしているのか知らない。
大体想像はつく。同じ性質をもった種(もちろん、いるのだ)と、よろしくしているだろう。
そして、物足りなくなっているだろう。
理性のある人間だったから、自らこさえた幻影に囚われ、愛欲まみれにもなりきれぬ歯がゆさをもって、暗い森の中をさまよい、鬱病になっているだろう。
彼は、思い合う恋ではなく、我欲にまみれたおのれの身体に熱中しすぎたのだ。
それも、恋と呼べないものではない。
現にわたしは、彼に100%恋をした。ただの一点が、それを覆したのだ。
女であるということだけで、その位階を高めたいとする女もある。
愛した男のために、すべてを捧げる女もある。
独り身を、楽しむ女もある。
男同様、その個体差は様々だ。
よく、よく、見つめてください。
超克、超克。恋は、おたがいを高め合うこと。
身も世もなくしなだれかかる柳の枝葉を超えていくこと──
彼は彼自身の鬱蒼とした枝葉にやられ、沼に落ち、ぶくぶく沈んでしまった。