「おい、もういいだろう。いつまでも、こんなこと、繰り返す必要はないよ」
「ああ、労働もそうだけど、歴史も繰り返すみたいだね。
戦争になって、和平が来て、戦争になって、また和平、その繰り返しだったよ。
今は、かなり決定的なバクダンがあるらしいから、一見、平和っぽいけれど…」
「バクダンがあるから平和だなんて、危うすぎる。
今も、かなりヤバイんじゃないか。
みんな、死んだように働いている。
精神的におかしくなってる者も多い。
環境は破壊され続け、未来に何も希望がない。
過去に今はつくられるが、未来も今をつくっている」
「もう、流されるのでなく、われわれで未来をつくろうではないか」
「そうだ、いつのまに、ぼくら、自分を失ったのだろう。
教育だ、われわれは、言うことを聞く従順者でありすぎた。
こう生きろ、と、幼い頃から洗脳されたのだ。教育を、変えて行こう」
「世界を変えるのは、子どもたちだ。子どもたちを守ろう。
腐った国の政治の手先、公教育の息がかからない、子どもたちの環境を、まず、つくって行こう」
蟻たちは、革命をこころみた。
まず、おじいさんおばあさんの説得。
老人たちは、変化を嫌った。
今まで生きてこれたのも、この国の政治がよかったからだと疑わない。
壮年の者たちも、老人たちの価値規準に沿って社会人になっていた。
彼らは一様に言った、
「困るよ、変わっちゃ」
「べつにそんな、悪い世界じゃないじゃないか」
賛同者はいなかった。
仕方なく、革命をこころみる者たちは、ひそかにコロニーをつくった。
彼らは、生まれくる子どもたちに教えた、
「この世界は、おまえたちがつくっていくんだよ。
『こうすればいい』なんて、ないんだよ。
おまえたち、ひとりひとりが、この世界をつくっていくんだよ。
ほんとうに生き生き、生きとくれ」
歴史書と、いろんな考え方を示す哲学書を、子どもたちに渡した。
疑問を感じた子どもたちの質問に答える以外、彼らは何も教えなかった。
運動が好きな子には運動をさせ、絵が好きな子には絵を、本が好きな子には本を与え、好きなことを沢山できる時間を与えた。
自分たちで食べ物をつくることを教えた。
農地を耕し、種をまき、水をやり、「落ちているものに頼らないんだよ」と諭した。
彼らは、本能とよばれた女王制度を持たず、権力の座を授けなかった。
集団生活を営みながら、個々の性能を伸ばした。
好きなことに熱中した子どもたちは、充実した青春を送った。
いじめも、虐待もなかった。
好きなことをして、ひとりひとりが、満たされていたから。
幸せな子どもたちは、やがておとなになった。
「このままでいよう。何も変える必要はない」
蟻Aが言った。
「そうだ、われわれは正しかった。この体制を維持していこう。
見よ、おとなになった彼らを。
自分の足で、しっかり歩んでいる。
満員電車に、いやいや乗って運ばれる、青ざめたおとなではない」
蟻Bが言った。
「さあ、このわれらの創造した世界を、旧時代のままでいる、あっちの巣穴に教えてやろう。
自分の好きなことをして、満たされた幼少時を過ごした者は、各々が貴重な存在であることを知っている。
殺傷沙汰やバクダンが、このひとりひとりの世界を終わらせることに、心の底から異を唱えられる、この世界を、ほんとうに愛する、おとなになってくれた」
「や、待て待て」
蟻Cが言った。
「確かに、革命は、古いものを新しいものに変えることだった。
だが、われわれはもう、ひとつ、世界を創造したではないか。
われわれがしたことは、こうなってほしい、と強制せず、子どもたち個々の内にあった性能を、外に伸ばしただけではないか。
何が正しい、まちがい、から始まったものでもない。
われわれがまた、こうすればよい、などと言い出すのは、旧時代がわれわれにしてきたことと、変わらないではないか」
蟻Dが言った、
「うん、ぼくらはただ、自分のできることをしてきただけだ。
それがぼくらの徳だった。
ぼくらの子どもの子ども、そのまた子どもが、個々の徳を伸ばすことだけを忘れずにいてくれれば、それでいいんじゃないか。
他の巣に、こうすればいい、などと提言するほど、ぼくらは立派なことをしていないよ」
「ああ、そうだったな」
かつての子どもが言った、
「われわれも老いて、変化をおそれる年頃になってしまったな。いかんいかん」
白くなった触覚をへの字に曲げて、彼らは笑い合った。
蟻の世界にも国境がある。
自分たちだけの革命を起こしたその国は、独自の国家をつくり、歩んだ。
自分の世界は、全世界。彼らは、自分を愛し、思いやることから、他人を愛し、思いやることを、本能的に身につけた。
100年経ち、200年経ち、噂を聞いた他の巣穴からの見学者が訪れた。
「何も、ここで学ぶものはありませんよ」
彼らは見学者に言った、
「ひとりひとりの、個々の内から、学んでください」