私は、こんな話を聞いた──
「彼女は、恋愛の達人なんだよ。完璧だった。狙った獲物は逃さない。
成就しない恋をしたことがなかった。
それにしても、完璧を求める人間って、どうしてこうも業が深いのかね」
── 最初の相手は、19の時で、早熟だった彼女は、早くも母性本能を存分に発揮した。
つまり、1歳下のろくでなしの遊び人と同棲を始めたのだ。
「わたしが養ったげる」彼女はそう心のままに宣言すると、馬車馬のように働いた。
家事もこなし、彼に揺るぎない満足を与え、完全に彼女の本望は満たされた。
だが3年も経つと、彼女は、パート先の養豚場の中年男が気になり始めた。
彼は仕事をテキパキこなし、600頭の豚をしっかり管理する、押しだしの強い生産部長だった。
彼女はろくでなしの男に別れを告げた。
「わたし、好きな人と四六時中、一緒にいたいの」と言って。
そして生産部長と結婚した。
職場も同じなら、帰る家も同じだった。
会社や近所の人たちは「本当に仲が良い」と二人を羨望の眼で見た。
心から笑顔の絶えない、幸福を絵に描いたような夫婦生活だった。
だが、2年も経つと、彼女は隣町のスーパーマーケットの店長が気になり始めた。
律儀な性格の、真面目な、同い年の男だった。
彼女は、「好きな人ができた」と夫に告げ、離婚し、店長と結婚した。
彼は彼女のために立派な家を買った。
彼女は専業主婦となり、毎日エステに通い、高級ホテルでランチバイキングを食べた。
「一緒にいる時間が少ないと淋しい。ずっと一緒じゃ息が詰まる。彼とわたしは、最高の距離感だわ」
すべてがうまく行っていた。何もかもが、彼女の望む、非の打ち所のない生活仕様だった。
そして1年後、彼女は夫に何も言わずに家を出た。
正確には、何も言えなかったのだ。あまりに完全すぎて、彼女の欲望が入り込む余地が失われてしまったのだ。
──「このままじゃ、わたし、ダメになると思ってね、って笑って言うんだよ。今や、○町の場末のスナックで、陽気に身の上話を客に聞かせてるよ。警備会社の社長とねんごろになって、肩を寄せ合ってね。彼女にとって、一体何が幸せなのか、ぼくには見当もつかないよ」