(30)完璧主義者の恋愛事情

 私は、こんな話を聞いた──

「彼女は、恋愛の達人なんだよ。完璧だった。狙った獲物は逃さない。
 成就しない恋をしたことがなかった。
 それにしても、完璧を求める人間って、どうしてこうも業が深いのかね」

 ── 最初の相手は、19の時で、早熟だった彼女は、早くも母性本能を存分に発揮した。
 つまり、1歳下のろくでなしの遊び人と同棲を始めたのだ。
「わたしが養ったげる」彼女はそう心のままに宣言すると、馬車馬のように働いた。

 家事もこなし、彼に揺るぎない満足を与え、完全に彼女の本望は満たされた。
 だが3年も経つと、彼女は、パート先の養豚場の中年男が気になり始めた。
 彼は仕事をテキパキこなし、600頭の豚をしっかり管理する、押しだしの強い生産部長だった。

 彼女はろくでなしの男に別れを告げた。
「わたし、好きな人と四六時中、一緒にいたいの」と言って。
 そして生産部長と結婚した。
 職場も同じなら、帰る家も同じだった。

 会社や近所の人たちは「本当に仲が良い」と二人を羨望の眼で見た。
 心から笑顔の絶えない、幸福を絵に描いたような夫婦生活だった。

 だが、2年も経つと、彼女は隣町のスーパーマーケットの店長が気になり始めた。
 律儀な性格の、真面目な、同い年の男だった。
 彼女は、「好きな人ができた」と夫に告げ、離婚し、店長と結婚した。

 彼は彼女のために立派な家を買った。
 彼女は専業主婦となり、毎日エステに通い、高級ホテルでランチバイキングを食べた。
「一緒にいる時間が少ないと淋しい。ずっと一緒じゃ息が詰まる。彼とわたしは、最高の距離感だわ」

 すべてがうまく行っていた。何もかもが、彼女の望む、非の打ち所のない生活仕様だった。

 そして1年後、彼女は夫に何も言わずに家を出た。
 正確には、何も言えなかったのだ。あまりに完全すぎて、彼女の欲望が入り込む余地が失われてしまったのだ。

 ──「このままじゃ、わたし、ダメになると思ってね、って笑って言うんだよ。今や、○町の場末のスナックで、陽気に身の上話を客に聞かせてるよ。警備会社の社長とねんごろになって、肩を寄せ合ってね。彼女にとって、一体何が幸せなのか、ぼくには見当もつかないよ」