(d)声 2

「お前さん、死ぬのが恐いんだろ。
 そらそうよ、今まで何回も痛い目に遭ってきたんだからなあ!
 その記憶がなければ、何も考えず、とっとと死ねたのになあ!

 要らんことばかり覚えてやがって、肝心なことを忘れちゃいねえかい?
 なあ、なんで生きてんだ? 人間なんかになり下がっちまってよお。

 よかったろう? あの頃の方が、よかったろう?
 ムリすんなよ。さあ、楽になろうぜ。
 痛いのなんて一瞬さ。
 その後は、うふふふ、懊悩も煩悶もないパラダイス!」

 また声がする。

「ねえ、宇宙も呼吸してるんだよ。きみの身体みたいに。
 星も、ぐるぐる自転している。きみの命も、そうなんだよ。
 回ってるんだよ。
 きみは、宇宙という全体でありながら、星の1個でもある。

 それがきみという存在なんだよ。
 きみは、きみとしてと同時に、今ある形として生きていくんだよ。
 いつだって、そうなんだ。どんな命でも、それは同じだよ」

 ああ、ぼくは狂ってしまったんだ。こんな声が聞こえるなんて。

「世界って、何だと思う?」
「そうだよ、人間って何だと思っているの?」

 世界だろ。人間だろ。
 それ以外に、何がある。

 ふたりの童子が、ぼくの耳元で飛び交いながら言う。
「それは、そう見えるだけ。つかめやしないよ」
「そうだよ。つかもうとすることができるだけ」

 もういいよ。あっちへ行ってくれ。

「よくない。やっとこうして話すことができるんだ。またきみが死んでしまったら、いつ話せるか分からない」

 ふたりの童子は、あどけない口調でぼくの耳に囁いた。
「あのね…」
「実は、もう、終わっているんだよ。決まっていたことなんだ」

 え。何が?

「流れだよ。誰が決めたものでもない。
 そうなっているんだ、ずっと。きみは自殺しなかった。
 よく生きたよ。おめでとう。よく頑張りました。

 でも、ここに来るちょっと前、あの車が左から急に出てきたからね。
 覚えてる?
 覚えてないか、ずっと、死のうとして、一生懸命だったからなぁ。
 その心だけが、今残っているけれど、もうすぐ…」

 ああ、あの時か。

 ぼくは天に上がった。
 また、落ちて、また、上がった。
 水滴になって蒸気になって、行ったり来たりを繰り返した。

 海の上にもコンクリートの上にも、叩きつけられるたびに、はじけて、また上がった。
 数えきれない、たくさんの仲間たちと一緒に。

「あのね」
 童子が、囁く。
「さっき、きみのいた青い星も消えたよ。あそこ、よくがんばってたんだけどね」