「なるほど。昨夜はだいぶ興奮していたようだね」
「そう、わかったんだよ。キルケゴールがわかったんだよ。読んでいるページ、ぜんぶのページが、ほとんどすんなり理解できた! つまづき、何回か読み返す箇所もあったけれど、じつに彼の云いたいことが私の中に入ってきた! 嬉しくて嬉しくて」
「それはよかったね。『あれかこれか』か。結婚について、やたら書いている…」
「ほんとうに、彼はほんとうだよ。笑える箇所もあってね、たまらんよ」
「『善悪の彼岸』も風呂場で読んでいたね。ニーチェは強いか。いささか強すぎるか」
「『人間的な、あまりに人間的な』が気になって、呼ばれてる感じもして読みたいが、もうkindleでしか読めなそうだ」
「あんな文字だらけのページ、あんな小さな画面で行ったり来たりしたくないよ。こないだも漢和辞典で漢字の読みを調べていて思った。辞書も、現物がいい。ネットで調べるのと、全然違う。よけいなものが見える。知りたい漢字のまわりに、あれこんな意味の漢字もあったのか、と目を奪われる。無用の用だ。寄り道の楽しみ!」
「キルケゴールは生きているからな。書物の中に、外かな、本当に生きている。コンピュータの画面の中では苦しそうだ」
「生きている本は、ぱらぱらめくれるものがいい。まったく、またぐのも良心が咎める」
「しかし不思議だな。嬉しくなるんだよ、理解できると。わかる!と嬉しくなる! これは何なんだろう」
「きっと、もっと読んでいけばその理由もわかるだろう。何しろ、お前が一生かかっても読めない量を書いているんだ。残された時間、彼と一緒にいる時間を多く取るんだね。40年間一緒にいながら、お前は読んで来なかったのだから!」